2025年3月18日
教師用の黒装束でも、私服でもなく。綺麗に洗われた真白な肌小袖に身を包み座する土井半助の前に、こちらはいつもの制服装束に身を包んだままの六年生が緊張した面持ちで対峙している。そんな七人の姿を、半助の斜め後ろから眺めながら山田利吉は少しだけ遠い目をした。
自分の姿もいつもの服とは違い、半助と同じく学園から支給された肌小袖だ。洗われ柔らかくなっているが、恐らく腕を通すのは初めてのものだろう。
さらに、自分と半助の足の下にはこれまた上等な布団が敷かれていた。肌触りがとても良くて、これはどう考えても一級品。汚したら賠償金請求されるのではないかと、実は内心恐れている。常識範囲内の汚れならば問題ない、と言われてはいるもののなるべく汚さずにいたいと思うのは平民として当然の思考だろう。
そもそも、これらがわざわざ用意されているそのことにげんなりとする。学園のやることにいちいち文句を言っていたらきりがないとはいえ、このようにかしこまってしまうと緊張するものだろう。……というか、雰囲気に飲まれて彼らは緊張しているわけで。ぼんやりとした薄暗闇の中に浮かび上がる真白は、目を引く。視線があちこちに行きつつも、こちらが身にまとう白に視線を戻しているのが見て取れた。
冗談のような空間で、冗談にもならない現実をこれから実演せねばならない事実に、プロの忍びとして顔色には一切出さず、しかし内心では盛大にため息をついた。
「そんなに緊張されると、こっちまで緊張しそうだよ。……酒呑んで落ち着く?」
「いえ、その……大丈夫です」
緊張を必死に隠そうとしながら、立花仙蔵が代表して辞退する。すでに数々の忍務をこなしていて、歴代の六年生よりも優秀だと言われる現六年生も、このことについては年相応なのだろうか。
「そう? 飲みたくなったら遠慮なく飲んで。今日だけは誰も怒らないから」
正座から胡座へと組み替えて、立てた肘に顎を乗せて砕けた雰囲気を出すのは、六年生の緊張を少しでも解すたけだろう。ならば利吉もそれに従うべきだろうと、同じく正座を崩す。尻の下が柔らかくて落ち着かないけれど。
「土井先生、半子さんのほうが良かったのでは?」
半助がこちらに首だけで振り返る。会話を、と視線で促すと少しだけ上半身をこちらに傾けてきた。
「えー、けど最初が女装ってそれはそれでつらくない?」
「六年生は美形揃い。男より女を相手にするほうが多いでしょうからと思ったんですが」
「嫌味にならないって、本当にその顔ずるいよね」
「私の顔が良いのは事実ですが、今それ関係ないでしょう」
「そういうところだよ」
漫才のようなやり取りに、少しだけ空気が緩まるのを感じた。当然半助もそれに気が付き、肩から力を抜きつつ猪口を引き寄せている。徳利を手に取り注ぐと視線で礼を言われた。それに微笑み返し自分の分の猪口を手に取り手酌で注ぎ入れる。軽く差し出された半助の持つ陶器に触れ合わせると、小さく音が鳴り響く。彼が口に含んだことを確認してから利吉も口をつけた。重たさのある米の酒は、喉を灼きながら胃に滑り落ちていく。
「このまま酒盛りして口頭授業じゃだめかな……」
「他の先生方を説得出来るんです?」
「……」
「無粋でしたね」
利吉の疑問に、無言で猪口を差し出す半助に笑いながら次を注ぐ。
「女相手はシナ先生から学んだって聞いているけど、間違いない?」
「はい。そっちは一人ずつで、先生とは別にくのいちの方が」
この中では比較的落ち着いている伊作が口を開く。ある意味この中で一番男女の身体に――様々な意味で――詳しいのは彼だろう。
「まあそうだよね。ていうかそれやってるんだから男相手なんてしなくてもいいだろうに」
文句を言う半助には心から同意する。何せ自分たちはあからさまに貧乏くじを押し付けられたのだから。
元服を迎える前後の慣例で、大人となる一貫として目合 いを体験する。その相手は親が決めることがほとんどで、相手は年上がほとんどだ。手ほどきとなるため、さほど時間をかけず、人によっては作業のように初めてを終える。
殆どの女は嫁に行けばその旦那が初めての相手となるが、男の場合その手順を知っておかねば嫁に恥をかかせることになりかねない。それを防ぐ目的もある。彼ら六年生も、長期休みで帰省した時に済ませていることだろう。
そして、プロの忍びはその身体を使って標的の懐に潜り込むことがある。その流れで相手と寝ることもあるのだ。
閨の中は無防備になりやすい。そこを毒殺したり、必要な情報を吐かせたり。そのために自分の欲を制御し、相手を誘導させる必要がある。
殆どが男の相手は女が、女の相手は男がすることが多いが、稀に同性同士を相手にすることだってある。
元服したての若い忍びは男女問わず色忍務に使われやすい。見目が好まれやすいため相手に選ばれる確率が高く、標的の相手をさせている間に他の忍びは自由に動くことが出来る。つまり殆どはただの囮、言い換えれば無料で何度も使える売春婦扱いだ。
「そっちで習っただろうけれど、自分の欲を上手く制御しながら相手の気を緩ませる必要がある。女の気をやりながら自分は我慢するってのは慣れないと難しいけどね。利吉くんはどうやってる?」
「私は自分の意識をこの辺りに」
言いながら、自分の後ろ頭の上を指差す。
「置きながら、自分を他人とみなす感じですね。土井先生は?」
「私は自分を人形だと思ってる」
それは利吉も初めて聞くことだった。六年生のほうを見ながら話す彼をそっと窺う。淡々と、いつも通り柔和な表情を見せる半助は、なんてことないように喋り続けていた。
「私の意志を組みながらも、勝手に動く人形……って言えばいいのかな。完璧に“私”を切り離してしまうんだ。思考も、感覚も」
「ええと先生……それはだって、無理でしょう。よそ事を考えている時に刺激があれば気がつくし、集中している時は確かに痛みなんかに鈍感にはなりますが、どこかで気がつくものですし」
伊作が言っていることはもっともだ。
怪我をした時一時的にそれを無視して動くことは出来る。だが、痛みというものはずっとそこにある。言ってしまえばやせ我慢をしているだけのこと。それを無視するには例えば阿片なんかを使って思考を鈍らせるしかない。
自己暗示でそこまで行うのは生半可ではないのだ。
けれど、この人はそれが出来てしまうのだろう。なんてことないことのように。――その裏に何があったのか、悟らせぬまま。
「そこまで大層なことじゃないんだけど、やり方って本当に人それぞれだし感覚的なものだから説明しにくいな」
「男相手だと、自分が受け身になることがある」
これ以上を開示する必要はないと、利吉が口を挟むと七対の視線がこちらを向いた。
彼に関しての自分の心の狭さを実感しながら、しかしやはり許せるものでもないのだからと無礼を承知で続けた。
「受け身になると先に習ったものとは別の心構えや準備、やり方が必要になるんだ。ただ、どうしても心への負担が大きいし、全員がそれぞれ体験したほうがいつかの役には立つだろうが準備にも時間がかかる。去年まではそれ専門の忍びに依頼して体験してもらっていたようなんだけど、今年はそれが出来なかったようでね」
出来なかった理由は彼らには話さないが、利吉と半助は聞いている。忍務の最中にその忍びは命を落としたのだ。それ故に学園で教えられる忍びがいなくなった。
今年の六年生が優秀とはいえ、色忍務に関して心得が何も無いまま卒業させるのはあまりにも可哀想だ。だが卒業まで時間もなく、去年までのように全員時期をずらして順番にということも出来ない。
そこで学園長が思いついたのはある意味とても簡単で、しかし白羽の矢が立った利吉と半助にとっては気の重たい内容だった。
「そこで今年は、全員まとめてで申し訳ないのだけれど、心構えなんかを見て覚えてもらい、どうしても実際に体験したい人は後日申告してもらってどうにか相手の都合を見つけてくる形になったということだ」
「見る……」
「私と利吉くんの目合い」
体験出来なければ見覚えればいい。優秀な六年生ならば、それで感覚はつかめるだろうという学園長の無茶振り。
では、その見せる相手はどうするかといえば、教師の中で一番年若く、他の教師陣よりも視覚に優しいという理由で半助が。その相手に学園長直々に指名された利吉が選ばれた。昨日の昼、学園に呼び出されて半助と共に伝えられたその内容に意識を失いそうになった。何故そこで自分たちが選ばれるのか。この伝説とも言える学園長先生はどこまで知っているのか。いや、確実に自分たちの関係を知った上で指名しているはずだ。でなければこの組み合わせはありえないだろう、絶対に。
利吉は拒否しようと思えば出来る。だが、半助はそうはいかない。利吉が拒否した場合半助は別の誰かと、ということになるのだ。それだけは考えるだけでも無理なわけで、利吉の返事は一つしかなかった。
結果、今日ここに六年生全員と、肌小袖姿の利吉と半助が揃ったのだった。
●
話していても進まないし、あとはやりながら解説しようかと六年生を布団の回りに半円でぐるりと座らせ、利吉の腕を引きながら半助が開始を告げた。
「今回は一応どちらの立場でのやり方を解説しながらだけど、利吉くんは私にひとつ秘密を吐かせるようにお願いしてあるからね」
「お手柔らかにお願いします」
半助の腰を抱き、布団に寝かせると六年生の気配が揺れる。それを無視して後頭部に指を滑らせ、お世辞にも艶やかとは言い難い、けれどいつもよりは柔らかな髪に指を通した。
この時代、年上の男が年下の男を抱くのが主流であり、逆は殆どない。
男同士の場合、女の代わりにという理由が大半なため、受け身となる側はまだ線の細い少年が相手に選ばれやすいのだ。利吉と半助とて年齢差があり、体格も半助のほうが大きい。六年生は当然、利吉が受け身になると考えていたことだろう。
昨日この仕事を受けた後、二人で話し合った。
利吉としては、半助に抱かれても良かった。彼の乱れる姿を誰にも見せたくはないし、対外的に見たら利吉は受け身と見える。授業の一環とはいえ、年下の男相手に受け身になるところを生徒に見られるというのは、半助の自尊心も傷がつくだろうと。それが自然なのだからと伝えた利吉に、半助は首を振って少しだけ心の裡を吐露してくれたのだ。
それを受け止めたから、いつもと同じ役割で今日を迎えることを二人で決めた。
半助を感じさせすぎず、けれどきちんと乱れさせる。自分自身も溺れないように自制しなければならないため、意図的に意識を切り替えた。
これは忍務。腕の中にいる標的から情報を引き出すのだ、と。
自分自身を見下ろすような感覚に入れば、いつも彼に触れる時に湧き上がる喜びも熱も、そこには存在しない。
「感じる場所は女も男もあまり違いはないから、触れて反応を見ながら確かめていけば良い」
そう利吉が言いながら首筋に触れようとすると、半助が微かにそれを避ける。いつもならば絶対にしない仕草に、彼もすでにいつもとは違うのだと気が付いた。
急所である首を易々と触らせる忍びなどいない。それ故の拒絶だ。
拒絶を無理に追いかけず、代わりに微かに笑い身をかがめて半助の顎を指を撫でた。
「口付けても?」
「駄目と言ったらどうするのかな」
間近でも視線が微妙に合わない。ただ、これは自分が彼を知っているからで、初見ならば違和感を覚えることはないだろう。半助ももう、さきほど言っていたような状態になっているのだ。
「貴方は強引なことがお好きに見えますね」
言って、反論より前に唇を合わせて舌をねじ込む。腔内をまさぐり舌を触れ合わせるが、反応が鈍い。逃げ回り、しかし時折押し返される。顔を背けられそうになり、顎を押さえてそれを留めた。唾液を送り込んだ後に口をすぼめて腔内の空気を吸うようにすると、じゅるっと湿った音が響く。両頬を指で押して口を開けさせながら舌を絡めると大人しく外に出てきた。ぴちゃりと音をさせながら柔らかな感触を楽しみ、同時に肌小袖の上から左の掌を這わせた。
親指で探るのは心の臓。身体の中心から少しだけ左側。見つけた場所に掌を当てると、ゆっくりと波打っている。それを確かめてから合わせを開いた。さて、どうしようかなと考えながら呼吸のため唇を離すと、半助が利吉の舌を軽く噛んでから六年生をぐるりと見渡した。
「受け身は挿入されてからが本番みたいなものだから、それまでの間に自分を整えておくといい。欲に溺れないように自分を切り離すなり、よそ事考えるなり。ただ、勃起してないと相手を怒らせることがあるからその分はちゃんと残しておかないといけないよ。自分でたたせてもいいけど、それは雰囲気と流れ次第かな」
触れる肌はいつものような熱はなく、どこも冷めている。だがそのお陰で冷静にもなれるというもので、悲しいのか喜ばしいのか判らないまま、彼の性感帯ではない肩に軽く歯を立てながら指先で乳首を押しつぶす。
「さっさと挿入したほうがいいですか? 土井先生」
情緒もへったくれもないが、これは授業の一環だ。攻め手であっても挿入までは相手の気分を盛り上げつつ準備するしかないため、やることはごく普通の目合いと変わらない。それならばなるべく早く本題に入ったほうがいいだろうと問いかけると、半助が足をこちらの腰に絡めてきた。
「いいや、もう少し会話を楽しもうか」
膝で腰をするりと撫でられると気持ちがいい。近くからごくりと誰かの生唾を飲み込む音が聞こえた。灯明皿の不安定な灯りの中で見る彼の肌は、仕草も相俟って艶めかしいことだろう。こんな時彼は手を抜かないからきっちり毛の処理がされていて男臭さが抜けているだろうから、尚更のこと。
「会話、ね。時待たずしてお喋りをしてくださると?」
「対価無き情報に重さはあらず、だよ」
「手厳しい」
互いの掌が互いの下半身に触れる。気分の高揚がないのだからそこは柔らかいままだ。だが、色を使う仕事のためならば気分の乗らない行為であっても反応させねばならない。その点だけを考えると男は楽だろう。刺激があれば使えるようになるのだから。
「さっき私のことを強引なものが好きと言っていたわりに君の手は優しいね」
「強制や無理矢理は違いますからね。痛いことが好きな人はいるでしょうが……貴方はそうではなさそうですし」
いつもの自分たちとは違い、演じて殻をかぶる。今、彼はどんな人間を演じているのか。自分は今、どんな人間を演じているのか。即興で組み上げる劇は、上手く噛み合わなければ破綻するもの。
陰茎に触れ刺激を与えながら、体温を上げぬまま高めていく。
「好奇心はあれど少しだけ臆病。変わる結果の強さを知っているから、他人を言い訳にしたい」
「……ぁ、ん」
演技か、本物か。どちらかきっと六年生には判断が出来ないであろう喘ぎ声が、彼の唇からこぼれ落ちる。その震えに合わせて指を滑らせた。
「私を言い訳に乱れたら気持ちが良いですよ」
耳元で囁けば、ふるりと首が振られる。だがその指は、利吉の動きを模して動いてこちらを刺激してくる。上下に動かせば同じようにぎこちなく手を動かし、先端を指先で弄れば同じようにしてくる。
「駄目……あ、ぁ、だめ……」
「そこは、良い、と言うところでしょう」
さきほど半子の名を出したからか、少しそれに引きずられている気がする彼の表情。女性的ではないけれど、決して男性的でもない。
そんな不思議な雰囲気の彼が腰を捻って逃げようとするのを許さず、足を使って膝を固定する。見下ろせば、逃げられない身体が微かに震えている。だが、その瞳の奥はずっと冷静だ。そのことにそっと唇を曲げて喜びながら、陰嚢を指先で弾いた。
「ふ……っ」
「怖がらないで」
先走りを使いながら熱を育て、冷えたままの肌を撫でる。
半助を高めながら右をちらりと見ると、長次と小平太というろ組が仲良く座ってこちらの股間をガン見している。それはそれで少々気恥ずかしいのだが、それ以上に気をつけなければならないことを思い出し、半助の代わりに口を開いた。
「色を使う忍務の時、こうして忍びが相手を陥落させているところを確認し、機を図ることがある。だから行為を夢中になって見ていてはいけない」
「――っ、は、い」
こくこくと頷き、視線をずらす忍たまたちに苦笑する。機とは暗殺の機会だったりするのだが、それは今言わなくてもいいだろう。
意識が自分から他人に逸れてたことを咎めるように、身体の下にいる彼が手の動きを強め膝で蹴ってくる。それを謝罪するために唇に軽く吸い付いてから手の動きを早めた。
「ァ、あ、だ、め、いぃ……っ」
「そう、そのまま……」
射精を促せば、彼が少量の精を吐き出す。出さないことも出来るのだろうが、受け身をしている今、ここで出さないのは不自然だからだ。は、と息を吐く彼が両手を離して顔を隠してしまう。濡れていない手でそっとその腕に触れると、六年生には見せぬようにした囲いの中で、冷静な瞳を持ったままの半助が声を出さぬまま唇の動きで続けて、と言う。
「恥ずかしかったですか?」
無理に腕をどかさず、濡れた指を足の隙間に差し込み奥へと触れる。
「……ん」
ひくりと跳ねる太腿を撫でて慰めながら、半助によって準備されているそこに指を差し込んだ。柔らかく解けたそこに、先程彼が出したものを馴染ませていく。いつもなら使わない油が仕込まれていて、心の中がざわつくが、表には一切出さずにゆっくりと指を動かした。
「そこ、触らないで……」
「気持ちがいいでしょう?」
浅い場所で抜き差しを繰り返すと、くちくちと水音が静かな部屋の中に響く。身体は素直に反応させながらも、腕に抱く半助はどこまでも冷静なのだと、視線と体温が語る。
中で指を広げると、肉が蠢き戻ろうとする。その感触を楽しむように幾度か広げたものを閉じ、また広げる。腕で顔を隠したままの彼に笑いかけた。
「判りますか? ひくついて欲しがってる」
「……、そんなこと」
否定する彼を否定するために、蜜壷のように解けた中に指を突き入れ、泣き所をぐいと押し上げた。
「ア゙……ッ!」
「――、ここをこんなに腫らしているのに?」
一瞬上がった掠れた声があまりにも記憶にあるもので、自分でやっておきながら後悔が襲ってきた。今のは演技だ、半助が色の最中に自分を取り戻すことなどないはずなのだから。そうでなければ。
むしろ覚えのある声に動揺し利吉の方が自分を取り戻しかけ、慌ててそれを制御する。そんな失態、忍たまたちの前で出してたまるかとその一心で。
ぐちぐちと音を鳴らしながら泣き所を探り、解けた壁を指の腹で擦る。肌は冷えていても、流石に中は温かい。
「もう……もう、ぁ、だっめ」
「もう、何でしょう?」
「――意地がわるい……っ」
震える声はまるで泣いているようだ。だからそっと腕を外させると、目尻に浮かんだ涙とその奥にある冷静な瞳と視線があった。
周りにいる六年生が、そんな半助の姿に息を飲むのが判った。
半助が涙を流すところは実際のところよく見る。感動で、苦痛で、は組の良い子たちに振り回されて泣いている。しかし当然ながらに、閨の中で泣く半助の姿を見るのは彼らにとっては初めてのこと。本当に泣いているのだと動揺しても可笑しくはない。これは騙されても仕方の無いことだ。
「貴方の望みを口に出して。――何が、欲しいんですか?」
左手でゆっくりと唇を撫でて促す。こちらのせいにさせて、それに乗るのをまだ躊躇う彼の頑なさにそっと触れた。
「私を理由にするのならば怖くはないでしょう。大丈夫、こ こ に は 私 以 外 誰 も い ま せ ん 」
身をかがめて、唇を合わせる直前にそう囁く。忍びがよく使う甘言を口にすると、触れた唇が震えた。舌を差し入れると最初とは違い、彼から舌を絡めてくる。暫く粘膜を触れ合わせ、唾液を混ぜ合わせていると、彼の腕が利吉の背に回された。それを合図に顔を離した。
「……、」
「大丈夫、言えますね?」
はく、と唇を震わせる彼を促せば、目を伏せながら羞恥に震えるように声を発した。
「ほ……ほし、ぃ」
「……何が?」
埋めたままの指を動かすと、彼の腰が揺れる。
「きちんと口にして。何が欲しいんですか?」
望むものを口にするのは、私に強制されているのだと、そんな罪悪感を消す理由を相手に渡して心を開かせる。本来ならばもっと時間をかけるのだが、これは授業で実演を見せているだけなのだから、短縮は許されたい。
半助も長引かせるつもりはないのか、その言葉を口にした。
「――……きみ、の……まらが、ほしい……」
「よく出来ました」
●
褒めて、指の代わりに固くなった陰茎をずぶりと突き立てる。少し腰を浮かせて息み、中に入りやすくしてくれる。半ばまで埋めたところで半助の身体の横に手を付いた。
「入れた側は達しないことが、鉄則。出すと隙が生まれるからここからは時間勝負」
「入れられた側は、逆に早く出させた方がやりやすくなる」
今までのやり取りが嘘のように冷静に話し出す我々に、六年生が夢から覚めたようにきょとりと瞬きを繰り返した。そんな六人に苦笑する半助は、パタパタと手を振った。
「駄目だよ空気に飲まれちゃあ」
「演技……!?」
「当たり前だろう」
文次郎と留三郎が、対面の位置から同時に叫ぶ。仲良いな。
完璧に飲まれていたのだろう、全員顔が赤い。下半身はあえて見ないが、反応していることだろう。自然現象だから、それは後ほど自分で処理してもらうしかない。
「信じられない……」
「土井先生の本気の泣き顔見ちゃったって動揺したのに」
「人間不信になりそう」
「プロすげえ」
「出来る気がしない」
「それな」
霧散した艶のある空気に変わり、いつもの日常の雰囲気。そのせいか、六年生が口々に感想を言い出すものだから、半助が身体を震わせて笑いだした。
「あっはっは! お前たちも出来るようになるさ」
「土井先生笑わないでください……!」
「おっとすまんすまん」
振動でこちらの余裕が削られるのだ。
正直今すぐに腰を打ち付けたいが、半助が素に戻っている現状でそれをやるわけにはいかないと、一足先に利吉は色を使う状態に戻る。現実味が少しだけ薄れる世界で教師と生徒の会話を聞いた。
「受け入れる側の準備は新野先生に聞くといい。伊作は判る?」
「一度読んだことがあるだけです」
「ならちゃんと指導してもらった方がいいな」
半助の言葉に、はいと返事が重なる。勉強熱心な子たちだ。だからこそ最高学年まで残ることが出来たのだろう。
「ちゃんと洗って広げないと苦しいし痛いし、怪我するし。なにより不浄の場所だから大惨事になる」
半助の言葉に、利吉が身をかがめているため肌小袖と利吉の身体で実際は見えないのだが、六対の視線が繋がった場所に集中する。その子供たちの動きに、何を思ったのか、ひくりと繋がった場所が蠢いたことを知るのは利吉だけだ。
「今、その……土井先生は苦しくはないのですか」
「大丈夫だよ。利吉くんが優しくしてくれるから」
「そうっ、ですか」
膝で利吉の腰をするりと撫で、利吉の腕に指を這わせて背を抱き締める。その仕草で、彼がまた空気を変えたのを感じ取った六年生が身を正した。
「それじゃあ続きをしようか」
言いおき利吉の首筋に顔を埋め、全員の視線から顔を隠した半助が一呼吸ののち体勢を戻すと、そこには土井半助の顔は無く、心を解き始めた彼の姿があった。
それを確認してから、半ばで止めていた肉棒を奥まで遠慮なく差し込む。
「~~……っ」
「ああ、ほら届いた」
「ぁ、あ、あ」
足を押さえながら広げ肌が触れ合うほどの距離まで近付けば、彼が息を噛む。逃げようとする身体を許さず串刺したそこを揺らすと、控えめだが甘やかな声が彼の唇から転 びでた。
浅いところとは違ってまだ頑なな奥を慰めるためにゆっくりと往復していると、中に仕込まれた油が温まり空気と混ざって水音を響かせ始める。その音に羞恥を刺激されたように自ら耳を塞ぐ彼を見てふと思いついたことを実行するため、彼の片足を肩に担ぐように上げて上半身を倒し、左腕を彼の後頭部から回し腕と左の掌でそれぞれ彼の耳を塞いだ。驚いたような瞳がこちらを見る。
「こうすると、身体の中で音が響くでしょう?」
「ひッ――、あ、ぁ、やだ、やっ」
ぐちゅぐちゅと、わざと音をさせるように抜き差しすると、首を振りながら弱々しく抵抗を繰り返す。今の彼は、利吉の腕から逃れる術がないのだ。身体の中に反響する、自分が犯される音を享受するしかない現実。そんな彼の身体を抱きしめ犯す。
少しでも彼の身体や顔を隠したくなってしまうのは、仕方のないことだろう。
見せたくない、知られたくない。
たとえ演技だとしても。今ここに愛おしい人の心はないのだとしても。
少しだけ上げる体温と微かに香る体臭、利吉の熱を可愛がってくれる柔らかな場所。それらは紛れもなく自分の知るものなのだから。
……早く終わらせよう。
「やだではなく……?」
彼の泣き所を張ったエラで押し上げ擦ると、きゅうと締め付けられる。必死に首を振る彼の頭を解放すると、唾液を口の端からこぼしつつ彼がこちらを見上げた。
「きもちいいから、いじわる、しないで……」
「してませんよ」
「嘘、ぁ、あ、そこ、き、もちい、ァ、」
髪を梳き、身体を撫でながら彼の弱いところを優しく突く。身体から少しずつ力が抜けていくのを感じながら見下ろしていると、彼の両手が自身の立ち上がったものの根本を押さえていることに気が付いた。その指を軽くひっかくとひくりと指先が揺れる。
「まだ我慢をしているなんていけない人だ。気持ち良いという感覚も、精も、言葉も、抑え込んではいけない」
ほら、と指を絡めてそこを解放させると、素直に彼は指から力を抜いていく。よく出来ましたと頭を撫でると、ほっとしながらその掌に頬を擦り付けてくる。そのままそこを撫で、親指で唇に触れた。
「普段言えないこと出来ないこと、したいこと。今なら誰にも咎められない」
だから、ほら。優しく追い詰めながら彼に促す。
「私にだけ、貴方のことを教えて……?」
力の抜けた彼の指を絡めて握り、心を誘導する。
灯明皿に垂れる油の染みた縄が焼け、小さく音を立てるのが鼓膜に届いた。その油の中に少しだけ催眠作用のある薬が混ぜてることを、六年生だけが知らない。彼らが途中で現実に戻らぬようにという気遣いであり、悪意のあるものではない。ふとそのことを思い出したのは、それが自分にも少なからず作用していると思ったからだ。……もしかしたら、腕の中にいる彼にも。そうだったらいいと思いながら、繋いで指先に口付けを落とした。
「私のこと」
「そう。ここにいる私たちだけの秘密」
苦痛はなく、優しい刺激を絶え間なく与えながら二人だけという甘美な響きを舌に乗せる。
秘密というのはいつの時代であっても人を狂わせる甘やかな毒物。人の口に戸は立てられぬ。その秘密を口から零させるのが忍びの仕事。
――人は、秘密を広めたい生き物なのだから。
情報ひとつで国が傾く。人が死ぬ。逆に人を生かすことも出来る。だからこそ、それが金となる。
「上手に言えたらいかせてあげるよ」
意図的に敬語を消して促せば、彼は幾度かためらいに唇を震わせた後、細く息を吸った。
「昨日の夜……」
夜に紛れる、彼の秘密。
「豪勢に白米でさんま定食食べちゃった」
その告白に、六年生がずっこけた。
●
「土井先生!!」
「何だよいいだろ別にたまには豪勢にしたって!」
その夕飯は利吉も一緒にいたのだが、そこは二人だけの秘密としておく。利吉のものを受け入れたまま六年生の文句に言い返している半助の腹を一度指先で突いてから、ゆっくりと抜いて肌小袖を整えた。
「ありがと」
「いえ」
「もう少し色々やるつもりだったけど、そういう雰囲気じゃなくなっちゃったし、ここまで。自分がやる時の参考にするなり、耐性つけるための役付けにするなり、好きにしなさい」
裾を揃えて布団の上に正座する半助に習って姿勢を正す六年生は、今しがたまでの飲まれていた空気が霧散していることにほっとしていることだろう。プロの忍びが本気を出せば、本来あれくらいでは空気は壊れない。今回はあくまで模擬であり、利吉もそうだが半助も本気でなかったからこそ壊れた空気だ。
不思議なことではあるのだが、女相手のほうが冷静になれたりする。恐らく彼らもそうで、くのいちとの体験は持ち前の優秀さを発揮したことだろう。とはいえ、授業の一環だからくのいちの掌の上で転がされていたと、彼らが知るのはきっと来年以降なのだろうけれど。
だが、男同士だとどちらも自分と同じ性。そのせいかいつも以上に想像力が働いてしまうのだ。……見ているだけなら、尚更。そこを存分に刺激したのだから彼らの反応はこちらの意図した通り。これも、彼らが気付くのはもっと後だろう。
それでいい。今は色の入口を知っただけなのだから。
閨の中は無防備になる。それは、忍びとて同じなのだ。相手から情報を引き出しながら、溺れず、周りを警戒しなければならない。夢中になってしまったら最後、隙が出来ればそれは命にかかわることだってある。言うなれば敵地で無防備を晒すのだから。
さきほどまで雰囲気に飲まれていた彼らは、あの瞬間襲撃があれば反応が遅れただろう。その隙は命を削る。だが、自分たちは演じながらもどこまでも冷静だった。二人で拘束しあっていたような状況であっても、六年生より早く動けた自負がある。
「場数を踏んで慣れるか、実力をつけて色忍務を回避するか――。私は後者を取ったけれど、それでも以前はそうせざるを得ない状況に持ち込まれたこともあった」
利吉の言葉に、六年生の視線が向く。隣からの視線がないのが救いだ。
「城勤めや組織に入ればある程度守ってはくれるけれど、その場合上からの命令は絶対。女を抱くことも、男に抱かれることも、どちらもあると今から覚悟しておいたほうがいい。それで傷つくような心ならば、自分を守るべき刃を研がなければならない。
そして、行為をするのならば飲まれてはいけない。忍びの三禁は自分を守る盾であり、知識と経験は矛になる。
……頭の中を冷静に。隙は命を削り、自分を殺すと心得るんだ」
「はい」
人に教えを説くにはまだ早すぎる若輩者だと恥ずかしくなり、最後は少し早口になった。それでも素直な学生は頷いてくれたのだからほっとした。
「今日のことを後日問うのは有りですか? 無しですか?」
「私はいいけれど……利吉くんは?」
「私も構いません」
「ありがとうございます」
伊作の問いかけに頷けば頭を下げられる。
それを見てから半助がパン、とひとつ手を打った。
「では解散!」
●
近くから気配がなくなると同時に、利吉は思い切り隣の熱を抱きしめた。それを予想していたのか、逃げることなく半助は利吉の腕の中に収まり、かつ布団へと逆戻りした。
「この後の彼らのおかずが先程の貴方だと思うと、今すぐにでも阿片ぶち込んで記憶飛ばしてやりたい」
「物騒なことを言うなよ。さっきまでは立派に先生やってたのに」
笑う半助が利吉の身体に腕を回してぐるりと体勢を入れ替えた。柔らかな布団の感触が背中に。ずしりとした体重が身体の上に。元結を解き見下ろす半助の瞳には、先程まではなかった熱が宿っている。
「あれが紛い物だって君はよく知ってるだろ」
「そうだとしても、欠片でも見せたくはなかった」
半助が後ろ手で雑に少しだけ萎えていた利吉の陰茎を擦り、そのまま先程までいた場所へ戻すように腰を落とす。情緒がない、とも思うがこれが土井半助という男だ。
「君だって、……普段ならしない、仕草ばかりだった」
上半身を後ろに軽く倒し、結合場所を見せつけるように背を反らせて身体を上下に揺らす。引き抜かれる時にきゅうと締め付けられて息を飲んだ。
「ああやって、男も女も、抱いてるってことだろ」
「……――」
とちゅとちゅと可愛がられる動きに合わせて腰を突き上げると、半助が顎を上げる。
この人は抱かれているとき、甘やかな声をほとんどあげない。いつも掠れた小さな声が鼓膜に届くばかりだ。
けれど、代わりに。
「りきち、く……りき、く……そこ、もっと」
「ここでしょう」
半助は利吉の名を幾度も呼び、素直に快楽を享受する。
自分を抱く存在を確かめるように、こちらの応 えを喜ぶのだ。
「悋気を、起こしましたか?」
「は、まさか。仕事で抱く、人間相手に、そんなこと」
「私は、起きました」
「~~……ッ、ァ゙」
半助の腰を掴み、ぐっと下に落とすと先程までの目合いでは届かなかった奥に当たる。ぎゅうと強く絞られ思わず出そうになるのを唇を噛んで耐えた。
「あの姿を見たことがある、過去貴方を抱いた人間、すべて見つけ出して殺してやりたい」
「ふ、は……殆ど、……っ、死んでるよ」
ということは、一部は生きているということだ。わざと嘘をつかないでいる男を下から睨みつけると、唇を舐めて見下ろしながら笑みを深くされる。苛立ちながら起き上がり、そのまま押し倒す。素直に押し倒された男は、それでも笑みを浮かべたままだ。
「あんな子供だけが好む薄っぺらな演技、好きじゃないくせに」
「どうしてそうお思いで?」
「今のほうが断然硬い」
繋がった場所を半助の指が撫でる。ギチギチのそこは確かに先程までとは違い、限界まで広がっている。指はそのままこちらの根本に軽く爪を立て、陰毛をざらりと撫でた。
「さっき、少しでもいつもと同じ扱いをしたら喉を突いてやろうと思ってたけど」
言われた言葉にぞっと喉を押さえる。なんて恐ろしいことを考えていたのだ、この人は。
「流石売れっ子、完璧に分けたね」
「こっちとしてはもう少し、彼らの記憶に残らないようなものにしてほしかったですけどね」
おぼこさを残しながら嫌がり身体をくねらせて。そのくせ快楽には素直で翻弄される姿は、これから一生あの六人の記憶に残り続けるのだ。それが演技だと判っていても。それがやはり気に食わない。
両腿を支え、膨れた感触のある泣き所を突く。
確かに、自分でも判るくらいにさきほどと硬さが違う。自分が好み、愛おしい人をきちんと抱いているという感情が身体に判りやすく表れているというのは気恥ずかしさがあるものの、仕方がない。
「りき、ちく……そこ、より――もっと奥」
両腕が利吉の首に絡み、ぐいと引き寄せられる。間近にある目尻に涙はないけれど、瞳の奥に熱がある。それを喜びながら首筋に口付けを落とす。今度は避けられず接触する。急所に触れることを許されている、そのことが嬉しい。喉仏に歯を立て軽く吸い、その周りにも舌を這わせる。
「利吉くん、そこばっかりやめて」
「すみません」
髪を引かれて顔を上げ、唇を噛み合わせながら腰を進めて奥へと入っていく。柔く可愛がられるそこを割り、自身と彼を高めていく。
「ん――ぐ、……っ、ッ」
舌を絡めると半助の腔内へと導かれ、強く吸われる。噛んで噛まれて、弱いところに触れて唾液を混ぜ合って。呼吸すら忘れるほど深く噛み合わせると気持ちがいい。触れ合う胸は早く動いていて確かに体温があって、少しだけ汗もかいていた。人形ではなく、彼自身の心が今ここにある。
「中に、出して。りきちくん」
「はい」
歯が当たるほど深く合わせた後、半助がそう囁く。もとよりそのつもりだったと更に体重をかけた。
「っ、り、……ん、りき、……」
「おにいちゃん……」
自分だけが許されている呼称は大事な響き。
利吉がその音を舌に乗せれば、ふと目が細められる瞬間がとても好きだ。
奥を捏ねると、半助の背が反り身体が震える。それでもやはり、掠れた啼き声が鼓膜に届くのみ。
肌がぶつかる音と、乱れた呼気。名を呼ばれ、名を呼び。二人きりの世界は気持ちが良くて罪悪感が身を焦がす。欲に身を委ねるなと言ったその直後に、こうしてそれを破っているのだから。
それでもこの人を抱かない選択肢は出てこないのだ。
「お兄ちゃん、……半助さん」
「ぁ……は、は……っ、りきちく、」
半助が身体を震わせ、留めていた精を吐き出す。震える内壁は利吉の肉棒を離さぬようにと引き絞るのだから、こちらも我慢など効かずにバツンと勢いよく奥へと入り、そこで精を出した。こすりつけるように何度もそこを往復して温かく柔らかな内壁を堪能する。
腕を回して固い身体を抱きしめた。
「もう二度とあんなことしたくないです」
「私が誰かを相手にしてもいいと?」
「それは駄目です。来年までに色事の忍びを私が見つけてきます」
「期待しておくよ」
私だってやりたいわけじゃないからね、と囁く兄に口付け再び二人だけの時間へと溺れていった。