朝涼

変化は現実

2022年2月23日

 テレビをつけてザッピング。ニュース、バラエティ、歌番組、ドキュメンタリー。各局様々だが、どれも見る気にならなくて、チャンネルを二周したところで諦めて消した。
 途端に静かになる部屋で、自分の姿を反射させるテレビ画面をぼんやりと見る。

 ずっと一緒にいたいというほど子供ではないけれど、離れていたら違和を感じるほどには“ハマって”いて。
 梶とこうした関係になる前にはなかった心理。
 相手が神谷に惚れていようとも、神谷が相手に惚れることはなかった。嫌悪感はないし、好ましいという感情が確かにあったから身体の関係を結んではいたけれど、お付き合い、といった感覚はなかった。
 好きだと言われて悪い気はしないし、セックスは気持ちが良い。それだけで良かった。男女で結婚して子供をなすのが当たり前という空気感はまだまだある。
 十年前よりマイノリティは受け入れられているとはいえ、腫れ物扱いなのは変わりがない。それをどうこう嘆くつもりは無いし、そうだからこそ楽だという部分も確かにあるのだ。
 ただ、思春期以降の性格形成のおかげで、自分は心から恋愛をして、好きな人と結ばれて人生を過ごして死んでいくことはないのだろうなと、そう思っている。
 梶とも、今はこうでも元々梶はストレート。
 数年後には別れている可能性だってある。むしろ、その可能性の方が高い。
 それを覚悟の上で今は共にいるけれど、梶と別れたあと神谷自身どうなるのか、見当がつかない。またあの怠惰な生活となるのか、もう恋愛は懲り懲りだと一人きりので過ごすのか。
 梶と別れたら、梶がいた場所はぽっかりと穴として残って、死ぬまで一生それは埋まらないのだろうなと、それだけが今判ることだ。

 こんなことを考える自分は過去にいなかった。
 欲さえ満たされたら、それで良かったのに。

「あと三日」
 カレンダーを見ながら口に出す。
 出張前から忙しそうで、あまり会話もなかった。会社で会議やミーティングで姿は見ていたし会話もしていたけれど、プライベートでは数秒から数分、少し話したりキスをしたり。寝ている時に抱き込まれていることはあったが、それをカウントにいれなければならないほどに接触は少なかった。
 そのまま出張に旅立っていったから、数週間熱を分け合っていない。
 なるほど、元妻に愛想をつかされるわけだという激務。こんな状態が何年も続いたのだろう。
 神谷は同じ職場で仕事の流れが全てではないにしろ見えるのでマシだが、それが判らないとなると浮気でもしているのではないか、家に帰りたくない事情でもあるのではないかなんて疑いたくなるだろう。
 ――仕事のために色々犠牲にするのをやめた。
 神谷との攻防の中で言っていた台詞は、裏を返せば、プライベートに分類される神谷との関係を疎かにしない、ということ。
 しかし梶の肉体は一つしかないから物理的に不可能なことは多々ある。今がその時というだけ。
「仕方がない……」
 なんて言葉が出る時点で不満があるということ。
 以前なら、相手に予定が入ってリスケされようとも、こっちが当日面倒になって切ろうとも、気にもしなかったのに。
 仕事が忙しいを額面通りに受け取ってフェードアウトも良くあったし、良く使ったし。
 そんな軽い関係とは一線を画す梶との関係は、未だ慣れないことが多い。
 その慣れなさを楽しんではいるけれど。

 ……前ならさっさと男漁りに行ってたよなぁ。
 今はそんな気も起きないのだから、人間変わるものだ。
 一人きりで少しだけ広く感じる部屋も、自分の気配しかしない違和感も、少しずつ薄れていく梶の匂いも。

 スマホを取り出し、アプリを立ち上げる。
 短い文章を打って送信。向こうは朝だから、運が良ければすぐに見るだろう。
 そう思っているとすぐに電話がかかってきて、口元が緩んだ。
「運がいいな、梶」
「てめぇな」
 声から怒りが見えるが、それが心地好い。束縛されるのなんて、以前なら拒絶しかなかったというのに。
「本気にとるなよ」
「前科者が言う台詞じゃねえな」
 声に怒りマークが浮かんでいる。結構な作戦成功かもしれないなと思いながら、こちらは笑みを隠さずに口を開く。
「梶を嫉妬させておけば、帰ってきた時抱き潰してくれるだろ? 種まきだよ種まき」
「…………」
 沈黙のち盛大なため息。
「本気で男漁りに行ったらぶっ殺すからな。あと、それで俺の気を引こうとするのはやめろ」
「だって、他の方法知らないし」
 嫉妬が一番判りやすいというのもあるけれど。こちらからアクションを起こすための理由が、他に思いつかないのだ。
「理由なんて要らねぇんだよ」
 それを見越しているのか、梶が間を開けずに被せてくる。
「どうしても理由がいるってんなら、俺の声が聞きたいを理由に何時でも電話してこい」
 あまりにもきっぱりとそう言われて、ふ、と笑ってしまった。なんだそれ。
「自意識過剰」
「っせーよ自己完結野郎」
 最初から最後までずっと梶は怒っているのに、それが楽しくて。
 梶なりにこの数週間も寝ている神谷に触れたり、朝や夜キスをしたりして、決して関係を蔑ろにしていたわけではないのだと、この数週間よりも今の口の悪いやり取りで納得出来てしまった。
「しっかり仕事してこい」
「……おう」
 不服そうな声を出しつつ途切れた電波の向こう側を思うと、その後暫く笑いが止まらなくなった。
 あと三日。電話をする前よりは前向きに待てるくらいに回復した自分のメンタルの現金さに、もう一度笑った。