朝涼

涙を流す神谷さんと慌てる梶さん

2022年7月14日

 梶は、神谷に対して一度たりとも自分本位な行為を行ったことがない。
 余裕が無い時に少しだけ指先が雑になるが、その程度だ。神谷を傷つける意図も、尊厳を折ろうとする利己もない。常に神谷を気遣って、けれど遠慮はしない。一方的ではない行為はたしかな心の繋がりを感じさせて、肉体だけでなく精神的にも心地よい。

 自覚無自覚の違いはあれど、人は他人より優位に立つことに対して優越を感じるものだ。それは他人と熱を交わし合う時も発揮されやすい。
 神谷は受け入れる側ではあるものの、男で、一定のプライドを持ち合わせている。時にはそんな神谷を屈服させたがる男がいたわけで。組み敷くことで自分のほうが優位なのだとこちらを従わせようとする。
 判りやすい人間ならばそもそも近寄りもしないが、本人に自覚がなく無意識にそうしようとする人間もいたので、若い頃はそれなりに苦労もした。だがそもそも神谷は、それに諾々と従うような性格でもない。
 身体を預けることと立場の優位は別事で。梶はその辺りを決して蔑ろにしない。だからこそ身体だけでなく、心も預けることが出来る。

 その結果が目に見える形で現れたのは、神谷としても予想外だったのだが。

     ●

 熱に浮かされた声は、密やかに。お互いの気配の周りにだけ届けば十分。神谷の足の間にいる梶の、耳元から胸元にかけて汗が流れ落ちるのを見ながら、開いた喉から漏れる声に身を任せる。
 多少の無茶は効く身体ではあるものの、梶はそうしない。
 けれどきっと、女性を扱うようにとは違う。神谷のためだけの気遣いだ。

「何考えてる」
 神谷の体幹の表面を撫でるように胸から腹へと指を這わせながら、梶が問う。臍をくすぐった後に上まで戻り、乳首を摘まれ、指の腹で押しつぶされ、軽く引っ張られる。
 鈍い痛みに背を逸らすと、空いた隙間に梶の片腕が入り、神谷の腰をすくい上げ密着を強くしてきた。
「──っぁ」
 汗ばんだ肌がぺたりと張り付く不快感よりも、埋められた熱により内部の弱いところを刺激されたことに意識がいき、小さく喘ぐ。ぐずぐずに熟れた内壁、そこを硬い先端が擦ると身体の芯から力が抜けていく。
 梶の太腿に乗り上げる形になったあと、浮いた腰の下に枕を突っ込まれた。
「他事考えてんなよ」
「考えてねえよ。……梶のことだけ」
 言いながら咥える熱を意図的に締めると、男の眉根が寄り腰を差し込まれた。ゆっくりと抜き差しされると梶の形が判り、意図せずとも締付けを繰り返すようになる。
「……ぁ、んん」
 シーツの上を滑るかかと。指先は縋り付く先を求めて梶の腕に触れた。
 痛みがない悦は思考を奪っていく。繋がる場所はひとつで、肌の触れ合いも少ないのに満たされていくけれど、少しだけ物足りない。
 幾度も擦られる内壁と、張った傘の部分で押しつぶされる前立腺。じわりと広がる疼痛に身体が逃げを打つ。
「あ、ァ……」
つれぇか」
「ちが、っ、……」
 何時もと何が違うかと言われても判らないけれど、今日は追い込まれていくのが早い。神谷が縋り付いた腕はそのまま、逆の腕を伸ばしてこちらの髪を梳いていく。その感触すらも気持ちが良くてふるりと身体を震わせた。

 与えられる気遣いと、言葉ではなく態度で示される愛おしさ。
 何時もは余裕をもって受け止められるそれらが、飽和する。

「ん──……!」
 波打つ身体と、制御の効かない内壁。身体の内も外も全てを神谷を抱く男に明け渡してしまう。
 狭まる壁を穿たれ、揺さぶられるとそれだけで。
「イ、……っ」
「っ」
 吐精せずそれでも達した感覚に背を丸める。そうして締め付けた梶の熱が抜けぬまま背に腕を回されて、身体を持ち上げられた。

 近くなった距離を無意識に更に詰め、唇を合わせる。
 整わない呼吸ごと食まれながら舌を絡めあわせた。噛んで、吸われて、唾液が口の端から流れ落ちるまで。それでも身体の奥が落ち着くことはなく、内壁は梶を締め付け続ける。
「か、じ」
「中すげえことなってんな」
 下腹部を撫でられる感触に首を振ると、離れた唇を再び重ねられた。
 上下の粘膜を合わせ、揺さぶられながら連続で達する。
「っ、っぁ、」
「……大丈夫か」
 無意識に動かした腰は、本能に従って自身を追い詰めていく。神谷の様子に梶が背中を撫でる、その刺激も今は悦に繋がることを、梶は気付いていない。
 やめろとも言えず、梶の指と熱に高まる身体。
 ぞく、と背中を上がってくる悦に対して対抗することが出来ず、神谷の顔を覗き込む梶と額を合わせ背に回した腕に力を込めた。幾度も繰り返される波は、梶が動きを止めたら落ち着くかと思いきやそうはならず、蠕動する内壁が梶の熱を離さない。
「く、」
「──ふッ、……っ」
 梶も感じていて、神谷の背に回る腕に力が入り、こちらへの拘束が強くなる。
 それを幸いと感じる心と、身体の中を渦巻く高まり。達したことで少しだけおさまった衝動の中、息を吐きながら目を閉じると同時に、汗よりも熱い雫がそこから頬へと流れ落ちた。
「……え」
 無意識に身体を引いて、濡れた頬を拭う。所謂中イキをしたことはあっても、こんな風に泣くことなんて今まで一度もなかったため自分の身体の反応に驚く。
 気持ちがいいのに寂しくて、そう思う自分も不思議で。梶の体温が恋しく、遠さが怖い。

 梶の指が、神谷が拭った頬とは逆を撫でる。
 一度流れた涙はすぐには止まらず。瞬きのたびに梶の指を濡らしていった。
わりい、つらかったか」
「どっちかといえば、この状態のほうがつらい」
 熟れた内壁は擦られることを望み、埋め込まれた梶を締め付けてしまう。涙を止めようとする梶の指を捕まえ背中側へと腕を回させて密着し、近くなった耳朶を軽く噛んだ。
「はやく……ほしい」
「────」
 挑発に息を飲んだ梶が、神谷の身体を拘束したまま身体を押し込んでくる。ベッドへ逆戻りし、伸し掛かってきた男の体重を受け止めた。
「痛くしねえから」
「痛かったことなんて、一度もねえよ」
 ゆっくりと引き出される熱を引き留めようとする内部。それを割るように再び入り込まれると悦が身体の中を駆け巡り、声が漏れる。
 今まで以上にゆっくりと繰り返される抽挿は敏感になった内部にはむしろ毒でしかなく。
 形すらも判るのではないかというくらいに締め付け欲しがってしまう。その強さに梶が息を詰めるそのことすら、神谷を追い詰める要因で。
「ん、う────……」
 奥の狭まった場所を先端が捏ねる。ひく、と身体が跳ね達した。二人の身体に挟まれた神谷の陰茎からは先走りがとろとろと流れ、肌を汚していく。梶がそれを広げるように神谷の肌を撫でた。
「……っば、かァ、」
「あ?」
 もういっそ酷くしてほしい。
 じっくりと高められるが故に絶頂から降りてこれず、達きっぱなしでつらいのに、そうしている原因がそのつもりがないからたちが悪い。
 流れる涙をそのままに睨みつけ、腕に爪を立てた。
「おい神谷」
「は……、も、はやく……っしろ」
「辛ぇんだろ」
「お前のせい……!」
 理解していない梶に対して一息で文句を伝え、濡れた頬を寄せ、触れられる範囲で梶の肌に唇を落としていった。欲しくて。神谷だけでなく梶も同じように理性を溶かして攫ってほしいと。
 そうして触れる神谷の腰を掴んだ梶が、こちらの身体を揺さぶりながら奥を突く。それを甘受し、もっとと強請る場所を幾度も往復していく気持ちよさのまま、声を上げる。
 梶の指が神谷の陰茎へと絡み、射精を促される。先端をくちくちと爪先で弄られ腰が浮き、衝動のまま達すると、梶も限界が近かったのか、肌が密着するほどに腰を進め幾度か捏ね、中へと吐精した。

     ●

「かじのばーか」
「子供返りしてんな」
 身体を清めてベッドメイキングを済ませて、さっぱりした状態で寝転んでもまだおさまらない心の内のまま吐き出せば、呆れたような声。隣に寝転んだ男が、神谷の髪を弄る。
「何怒ってんだ」
「怒ってねえよ」
 背中を向けると腕が伸びてきて抱き寄せられる。風呂に入ってあがった体温は少しだけ暑苦しい。けれど拒絶するほどでもなく大人しく腕の中へと収まった。
 実際怒っているわけではなく、達かされ続けて身体がだるく、その原因を理解していないことを理不尽に思っているだけだ。
 セックスの時、梶は神谷に無理をさせないから梶と身体を重ねてから中イキは初めてで、体力を一気に持っていかれた。
 神谷の身体を緩く拘束する腕に、ほっとする。中イキしたからか、何時もより梶の体温が恋しい。とはいえ、泣くことになるとは思わなかったのだが。
 色々な感情が飽和して溢れた涙は気付いたらとまっていたけれど、後処理の最中梶の過保護が凄かった。

「泣いたのはお前のせいじゃねえからな」
「……辛いとか痛いとか」
「真逆だから、心配すんな」
 全部説明するのは情緒がない気がするし、けれど何も言わないと誤解がとけない。梶の腕の中で力を抜いてそれだけ言えば、梶がほっとする気配を感じ取った。腕を叩き、身体を反転させる。
「男同士のセックスについてもうちょっと勉強しといてくれ」
「……おう」
 茶化して言えば真面目に返され、肩を震わせて笑った。