朝涼

梶次長のネクタイを借りる神谷次長

2023年6月17日

 フロアを見ると、閑散としていた。会議や打ち合わせが重なり、それぞれが会議室にこもっていたり出かけていたりするのだろう。
 現在席にいるのは事務の女性が数名と、この時間ここにいると予定表で先に確認していた、神谷のお目当ての人物のみ。
 そのお目当てである梶に近寄るため足を向けると、ちょうど電話をしているようだった。随分と砕けた口調のため通話相手は同期かと思ったのだが、途中で出てきた松田という名前に神谷は部下の顔を思い出した。そういえば良く電話しているな、と。元上司で更に梶はなんだかんだ優しいので頼みやすいのだろう。ビジネスに関して甘くはないが、頼み事は出来る範囲で最大きいてくれる。
 眉間のシワのせいで最初は敬遠されるが、すぐに梶の本質に触れてそんな壁はなくなる。さすが人たらし、と思いながら背後に立った。まだ梶は神谷に気づかない。
 電話をしながらパソコンを弄っている梶の、椅子の両サイドからそっと腕を伸ばして、抱き込むようにその首元に触れた。
「――っ」
 びく、と揺れた身体と、振り向きこちらを見る瞳。一応気を使って松田が話していて梶が聞いている隙を狙ったのだが、声を出さないのは流石。
 間近にある瞳に笑いかけ、ノットに指をかけてそれを緩めた。ストライプのそれは、最近梶に神谷がプレゼントしたものだ。
 意図を察したのか、梶が松田を相手にしながらも布を抜きやすいように首を傾げた。襟から布を取りながら、その晒された首筋を指でつと撫でると睨まれた。
 悪戯厳禁らしい。残念。

「借りてく」

 そっと、ワイヤレスイヤホンをしていない左耳に音を吹き込むと、梶の指が神谷の指を捉えてするりと撫でた。