2022年2月22日
片桐の部屋に行くか長谷川の部屋に行くかはその時々だが、頻度としては片桐の部屋の方が多い。
というのも、一日開けるだけで腐海の森となる部屋だ。住民が片付けというスキルを放棄しているため、行かないと大変なことになる。歴代彼女達の中にも、恐らく長谷川と同じ理由で入り浸った人もいるはずだ。
仕事の机はそれほど汚くならないのに、何故それを家でも出来ないのだろうか。
今日も今日とてゴミ袋片手にゴミを放り込んでいく。分別が細かい区でなくてよかった。もしそうだったら、今すぐにでも引越しを提案していたところだ。
「ねえ、直幸さん」
「なんだ?」
すぐ隣で同じくゴミを放り込んでいた片桐が、その手を止めて長谷川の手首を掴む。動きを阻害されて顔をあげれば、コンタクトを外し眼鏡姿の、けれど髭がなくて髪も整った、公私が混ざりあった片桐で、実はこの姿は見慣れない。
「今日また告られてたでしょ」
「なっ……」
んで知っているのか。
誰にも言っていないし、悟られるようなことはしなかったはずなのに。
「俺の情報網舐めちゃだめですよ」
「どうやって……」
「聞いてもない話題を話してくるのっていくらでもいますよね」
眼鏡をかけた王子スマイル。などと現実逃避をするが、現実は目の前で進行中。長谷川の中では過去のことを思わぬ形で掘り返されて動揺してしまう。
「断った、からな」
「そこは疑ってないですって。直幸さんがそんな浮気性だったら、俺は苦労しないし」
過去形でなく現在進行形で言われることに対して一言二言三言言いたいが、本題はそこではないと今回はつっこまない。次にあったら言おうと心には留めておく。
「俺に抱かれてから色気増えて、告られる回数激増してるでしょ。いつか無理矢理ヤられて既成事実作られちゃいそうで怖くって」
「AVじゃねーんだからねぇよ!」
なんという事を言うのかと突っ込むが、片桐は大真面目な顔をして続ける。
「今は物理的に無理だけど、そのうち治るだろうし。そうなってからがこえーんですよ。寝取るのはいいけど、寝取られんのは趣味じゃねーし」
「……相変わらず最低だな」
綺麗な顔面から出てくる言葉のギャップが凄まじい。
それに振り回され続けている長谷川は、全く心休まらない。仮にも恋人同士、という関係なのに、本人がスパイスどころか爆心地のため、長谷川の常識外のことばかり行うのだ。
片桐は長谷川に振り回されているというけれど、絶対に長谷川のほうが片桐に振り回されている。
「ね、直幸さん」
掴まれた腕が引っ張られ、片桐の胸の中に倒れ込む。逆腕で長谷川を受け止めた男は、顔を上げた長谷川を見下ろしながら不敵に笑う。
「明日の朝礼、みんなの前でディープキスぶちかまして、直幸さんは俺のだって宣言していいですか」
言われた言葉を考え。
考え、状況を思い浮かべ、顔が引きつっていく。
長谷川の腕を掴んでいたはずの掌が、気付けば顎を掴んでいて持ち上げられた。
そのまま降りてきた唇は、重なると同時に深く舌が入り込み、咥内を舐めていく。隙間を開けたまま吸われると音がして、わざとそうしているのだと判っていても恥ずかしい。顔が赤くなるのを感じる。
「っ、んん、」
背中側のシャツを引っ張っても、片桐は離れない。むしろより深く、身体ごと密着してくるのだ。上顎を擽られて反射的に力が抜ける。
唾液が混ざりあって、二人の口の端から流れ落ちていく感触。
「……は、ぁ」
唇が離れたあと唾液を飲み込めば、喉をゆるりと撫でられる。よく出来ましたと、褒めるように。
「こうやって宣言したら、手っ取り早いでしょ」
名案だとでも言うように明るく言われるが、そんなこと出来るわけがないし、そもそも、
「ば、バラす必要がそもそもないだろうが!」
「長谷川さん狙いが多いんですから、俺のだって主張していかないと」
「……嫌味か? 王子」
毎日人に囲まれてチヤホヤされて、男女問わず慕われて。その中で片桐に本当に恋をしている人は多い。
これは片桐に気付かせないし知らせることはないが、片桐の傍で仕事をしたいからチーム移動をしたいと、何度も様々な人に言われている。その時長谷川や他マネージャーに対して、心の余裕のない言葉を投げつけられるのもいつものことだ。それほどまでに片桐に恋をする人は多い。
実際本当にそんなことをしたら、刺されるのは長谷川だろうことは想像に難くない。
片桐はそれほどの人間で、けれど本人はそれに気付いていない。好意を向けられることが日常すぎて、その殆どをスルーする癖がついているのだろうから。
それが良い事なのか悪い事なのかは、長谷川に判断は付かないけれど。
「とにかく。告白されたって、俺の返事は決まってるんだから、変な短気起こさないでくれよ」
掴んでいたシャツから指を剥がして背中を叩けば、納得していない顔の片桐。しかし、実現されたら困るのは長谷川なので、なんとしても片桐に諦めされなければならない。
「手っ取り早いのに」
「俺は、そうやって騒がれるのは嫌いなんだよ」
羞恥を押し殺して、片桐の首に両腕を巻き付けて長谷川からキスをする。触れるだけで離すと、驚いた顔が脂下がった。
「もっと」
判りやすく機嫌を良くして甘えてくる年下の恋人に、出来うる限り最大で今夜は奉仕して、明日の平穏を勝ち取ろうと内心決意した長谷川は、もう一度片桐との距離を零にした。