2022年11月11日
床に座り呆れて眉間を揉む長谷川を、楽しげにソファから見下ろす片桐は、口の中で柔らかくなった菓子を少し齧って折る。ポキ、と小気味よい音は企業努力だろうか。そんなことを考えながら。
「世の中のブームにあやかりましょうよ、長谷川さん」
「……そもそも甘いものも菓子も食わないだろお前は」
「これは塩っぱいから一本なら」
咥えたままの細い菓子を上下に振りながらそう言えば、長谷川は更にため息をついた。
仕事中こうしたあからさまな仕草をあまり出さない人なので、プライベートで見られると嬉しくなる。
いつも穏やかで安定している、怒らない頼れる上司。
その頃から尊敬していたのは本当で、元々男女の拘りを持たない片桐は、尊敬とは違う欲を持つ好意が多少入っていたことも自覚している。かといって、明らかにストレートである、しかも上司に手を出すほど困ってもいなかったため、会社で好感度を上げつつ共に仕事をする、それだけで充分だった。
今は、それでは物足りない。
喜怒哀楽、様々な長谷川の表情を知って、まだ足りない。特に怒りは貴重だ。
元カノが浮気していても自分に原因があると怒らなかった人が、片桐の行動一つで怒りを露わにする。それが楽し……いやいや、新鮮で嬉しくもあり。
「ちょっとしたお遊びじゃないですか」
「普通に食った方が早いだろ」
「それじゃあ面白くねえし」
ピコピコと棒状のビスケットを振りながらアピールする。
基本的に片桐に──だけではないのは少々頂けないが──甘い長谷川だ。大抵の事は粘れば了承してくれる。今回も長谷川の中ではハードル低めの要求に分類されるはずだ。
「ね、直幸さん」
腕を軽く引くと、長谷川はこちらを見上げた後、もう一度ため息を付いてから片桐の方に身体を向けた。了解の合図だ。
「直幸さんがリードして欲しいなあ」
「はあ? これにリードも何も無いだろ?」
「主導でやってもらうのがいいんじゃないすか」
片桐の言葉に、意味が判らんという顔をしながらも立ち上がってくれるのだから、片桐としてはそれだけで満足度が上がる。
「顔上げろ」
ちょい、と顎に触れられ、無意識にこういうことをするところが本当に狡いと思う。
意識すると恥ずかしくなるのか真っ赤になって挙動不審になるのもそれはそれで大層可愛いが、無意識に男前な行為をしてくる長谷川には、“男”が見えてたまらなくなるのだ。普段は優しくどちらかというと女の尻に引かれていそうな長谷川が、時折無意識に見せる行動。
歴代彼女達もきっとそのギャップにやられ、しかし優しすぎる長谷川が物足りなくなり去っていく……そんな人生だったのではないだろうか、と予想している。聞いたら怒りそうなので、いつか怒られるための取っておきにしている。
長谷川の誘導に従って顔を上げると、すぐに反対側に噛みつかれ、視線が合って長谷川が固まった。
片桐も初めて故に知らなかったのだが、思った以上に近い。
キスする時なら一瞬で過ぎる距離で止まっているため、じわじわと恥ずかしくなってきているのか、長谷川の耳が赤くなっていく。そんな彼を見ながら腕を叩き、こちらが一口食べ進めた。
ポキ、と小気味よい音。その音に我に返ったのか、早々に終わらせたくなったのか、長谷川も反対側から食べ進める。
長谷川が二口食べる間に、片桐は一口だけ。
少しずつ近付いてくる距離に目を細め。
鼻息も感じるあと一口、というところでパキ、と音をさせて空中で割った長谷川が、顔を真っ赤にしながら距離を置いた。
「……も、いいだろ」
「割って離れたってことは、直幸さんの負けですね」
「……」
言葉につまる長谷川を見上げる。可愛い。何故こうも、いじめたくなるというか困らせたくなるというか、怒らせたくなるのだろうか。色んな顔がみたいとは常々思っているが、笑顔も好きだがこうして真っ赤になっているところはもっと見たくなる。
「もう一回やります?」
「やらねえ……」
「かーわいーなーもう」
目を逸らして逃げようとする長谷川を捕まえて腕の中に囲えば、反論もなく無言で背中に腕が回ってきた。
先程は男前な行動をしておきながら、今はこれ。
本当に、一体どこで覚えてくるのかこの仕草。
そんなことを考えながら、体温の上がった身体をぎゅうと抱きしめた。