朝涼

どんなものよりも

2023年6月6日

 片桐君に似合うから! というだけの理由で押し付けられた――女性陣による撮影大会付きだった――、出処の知らない花束を持ったままの帰宅。
 途中のコンビニのゴミ箱に捨てようとしたのに、長谷川によって阻止され、結局持ち帰ってくることになった。

 花を愛でる趣味はない。
 花は花でも、現在片桐の部屋を綺麗にしようと奮闘している、枯れ始めているけれど、その脂の少なさが癖になる花なら愛でていたい。

 花瓶なんて無いよなぁと独り言を言いながら、ゴミ袋にゴミを放り込んでいる長谷川の背後で、長谷川が望むのだからというだけの理由で、片桐も花瓶になりそうなものを探した。
 要するにあれをいれて自立して、水が零れない器ならなんでもいいわけだ。
 物なら溢れている部屋だ。まあ何かしらあるだろうと服を避けて、
「これに生けましょう」
 ちょうどいいとばかりに、見つけたアルミ缶を長谷川に提示すると、速攻で却下が来た。判断が早い。上の部分をカッターで切って水入れておけば十分だろうに。
 ちぇ、と舌打ちして空き缶を放り投げると、落ちたそれを長谷川が拾ってゴミ袋に入れる音がした。
「片付けも時間かかるし、とりあえず洗面台に持ってくぞ」
 そんな言葉を背後にゴソゴソと物を避けていると、数日前に今度探そうと思っていた物であり、今の捜し物としてもぴったりなブツが出てきた。
「長谷川さん、いいもの見つけました」
 洗面所に行って花を向こうに置いてきて戻ってきた長谷川に、戦利品を見せる。
「これ空けて花生けましょう」
「お前の家に花瓶があるとは思ってなかったけど……」
 呆れたように息を吐く長谷川の手首を掴んでソファに誘導し、机の上に置きっぱなしにしているプラカップの束から二個取り出し、栓を開けた。
 片桐にとって家飲みで使う入れ物は使い捨てだ。
 飲んだ後洗いに行くのも面倒だし、放置すると邪魔だし、床に置いておくと蹴飛ばして割って足を怪我するし。それなら飲み終わったあとそのままゴミ袋にシュート出来るもののほうが手っ取り早いし、蹴飛ばしても怪我しない。一石二鳥。
 薄い黄金色のそれをなみなみと注いで、一つを長谷川に握らせた。柔らかいカップを、雑に扱えば零れてしまうため、長谷川はこうして手渡すと一旦きちんと持つことに集中する。その間に自分の分を注いで、長谷川のカップに当てた。
「かんぱーい。沢山あるんで、どんどん飲んでくださいね」
「うわっ」
 軽くでもなみなみと入ったカップをぶつけたせいで零れそうになり、長谷川が慌てて中身を飲んで減らす。片桐も同じようにカップを傾けると、炭酸が喉に心地良い。アルコール度数が少なくて、酔うことはほぼ不可能だ。物足りなさはあるもののアルコールには違いないと、減った分をそれぞれ継ぎ足した。
「片桐待てって」
「ピーナツと、塩辛いやつと、裂きイカと……あ、チョコまだありますよ」
 雑誌の下敷きになっていた乾き物を発掘して、手元に寄せた。
 長谷川は、飲むとチョコレートが食べたくなると言って、一口サイズのチョコを食す。とはいえ、一度の飲みで多くても三個。一個しか食べない時の方が多く、大袋で買ったチョコレートはまだまだ残っている。
「花! 萎れるだろ」
 プラカップを机の上に置いた長谷川が、洗面台を指差す。その方向は見ずに、長谷川だけを見ながら酒を呷った片桐は、ピーナツを口の中に放り込んでから口を開いた。
「だから花瓶作りをしてるんでしょ。ほらほら、長谷川さんもっと飲んで」
「ペットボトルあるだろ。それでいいから」
 確かに二リットルのペットボトルはそこらにいくらでも転がっている。中身が入っていたりいなかったりはそれぞれだが。
「せっかくなら、もうちょっとかっこいいこっちのがいいでしょ」
「……」
 笑みを浮かべての言葉に、長谷川は半目を返してくる。これっぽっちも信じられてない顔だ。
「飲みましょうよ長谷川さん。ね?」
 ボトルの口を向けると、何かを諦めたらしい長谷川が、溜息をつきながらカップを手に取った。

     ●

 それから三十分。
 瓶の中身は残り四分の一ほどで、ほろ酔いの長谷川が隣にいる。酔うと無防備になる長谷川を見るのは好きだ。……二人きりのとき限定ではあるが。
 外で飲む時、長谷川自身の理性は強いが、周りが飲ませたがるせいでほろ酔いを一気に通り越して潰れるので、ある意味安全。そこからちょっかいをかける野郎はいるが、どうとでも排除出来るのでどうでもいい。
 肩を引き寄せると、アルコールで上がった体温が感じられた。軽く口付けると、さきほど長谷川が口にしたチョコレートの味がかすかにした。自ら食すことはないけれど長谷川を経由するのなら、多少の甘さはむしろ好ましい。
「体温上がってますね」
 少しだけ汗をかいている肌に触れるように、シャツの隙間から指を侵入させる。他人の体温にひくりと蠢く肌を慰めるように、脇腹から背中にかけてゆっくりと指を這わせていくと、震える吐息が片桐の耳の横で吐き出された。
 アルコールによって崩れている理性のおかげで、いつもなら緊張している肌が柔らかい。抱かれることに対して存在する、受け入れがたい感情が緊張させるのだろうが、こればかりは慣れてもらうしかない。
「片桐花が……」
「まだ酒残ってますし」
「だったらお前が飲んじゃえよ」
 身体では拒否せず片桐を受け入れているくせに、口ではそんなことを言う。さて、どれが本心だろうか。考えた上で、片桐にとって都合がいいものを長谷川の本心と捉えて、肌に口付けを落としていく。
「待てって……!」
 柔らかなプラカップを持っているせいなのか、言葉だけなのか不明だが本気で抵抗せずに、言葉だけの拒絶を返す長谷川を無視して、カッターシャツのボタンを外していく。久しぶりにこのままソファでするのもいいかもしれない。狭くて距離が近くて、長谷川が抱きついてくるのが気に入っている。
「花、萎れる!」
 肩を掴まれ、仕方なく顔を上げるとアルコールだけでなく顔を赤くした長谷川の姿。
 引き寄せられるように唇に口付けると、一度受け入れた後に顎を引いて逃げていった。
 それにむっとして口を開いた。
「一晩放置しても、花って簡単に枯れないでしょ」
 それくらいの知識なら、片桐とてもっている。つまり、このまま続行しても何の問題もない。
「長谷川さんもやる気あるようですし、このままやりましょう」
「やる気じゃねえよっ」
 プラカップを取り上げ、机の上に置き逃げられぬように長谷川をソファに押し倒した。
 抵抗されるより先に、肩と足で押さえつけ唇を合わせる。耳の後ろから後頭部にかけて手のひらでゆっくりと撫でると、すぐに長谷川の身体から力が抜けていった。

 花よりも酒よりも、もっと片桐にとって愛でたり味わいたい身体を本格的に楽しむため、本格的に征服を開始した。