朝涼

いっしょにたべよう

2023/05/04(木) SUPER COMIC CITY 30 -day2- 無料配布本

  1. 即席おつまみ 斉藤×矢島
  2. 昼ごはんのハンバーグ 片桐×長谷川
  3. 簡単スイーツ 梶×神谷
  4. 洋食朝ごはん 加藤×松田
  5. 夜食スープ 黒崎×白石

即席おつまみ 斉藤×矢島

 斉藤のマンションにある、使われている形跡がほとんどないキッチンに鎮座する、多分最新だろう大型冷蔵庫の中には、それなりに食材や食料、調味料等が整理整頓されて揃っている。その中に矢島が持ち込む銀色のアルコール缶やカラフルなパッケージのアイスクリームは浮いているものの、特に家主に咎められたことはないし、最近では矢島がたまのご褒美でしか買わないような少しお高めの製品が二つずつ入っていたりする。
 誰が購入しているのかなど、言わずもがな。
 矢島はそれを見ないふりして自分の買ってきたものをしまって、数時間後家主が出してくるのを受け取って食べる、そんなやり取りがたまに発生するようになって、すでに数回。
 今年の冬は、こたつでみかんやアイスクリームを食べるイケメンを拝むことが出来るだろうか。そうだ、ついでに半纏も買ってやろうかと思いつく。絶対に似合わないだろうから、それを見て笑ってやる。そんなことを考えながら、空調の効いたリビングで缶ビールを呷る。
 一人掛けソファに座る矢島の斜め前、三人掛けを占領して書類を広げる男へなんとなく視線を向けて、けれど紙は見ない。本気でやばいものならば、矢島がいるところで広げることはないだろうが、それでも巡査部長が見るようなものではないのは確かだろう。
 ぴりっとした空気はなく缶を傾けるくらいだから、本気で仕事をしているわけではなさそうな姿を見てから立ち上がった。そのままキッチンへ行き冷蔵庫を覗いた。本当に、無駄に揃っている中身だ。今回は有り難く使わせていただく。
 ステーキ用の牛肉、もやしを取り出す。鉄のフライパンをコンロで熱している間に肉を正方形に切って塩コショウ。煙が出るくらいにフライパンが温まったら肉を並べて上にもやしを乗せる。火が通るまでしばしこのまま。その間に残ったもやしを耐熱容器にいれてレンチン。
 レンジが頑張っている間に、ゆで卵と葱を取り出し、卵は縦半分、葱は小口切りにして軽く水にさらした後、ごま油、塩コショウとあえて卵の上に乗せた。
 レンジからもやしを取り出し、水気を切った後鶏ガラスープの元とごま油、しょうゆ、にんにくチューブで和えた。ごま油は正義。
 ステーキをもやしごとひっくり返してさらに待ち。その間にバターを切ってフライパンの中に放り込んで溶かしながら肉に火を通し、最後にしょうゆを回しかけ焦がして完成。
 全部をそれぞれ皿に盛って箸二膳を持ち、リビングへと戻った。
「流石だな」
 ローテーブルの上の書類が雑にまとめて端に追いやられていた。いいのかよと思いながらも、空いたスペースに皿を置いていった。
「いつ来ても肉置いてあんのな」
「いつお前が来てもいいようにな」
「俺に料理人させようとしてんじゃねーよ、テメェで作れ」
 矢島の反論に何故だか半目を向けられたが無視。
 卵を葱塩ダレごと口の中に放り込んだ。葱塩は何故こうも美味いのか。発見してくれた人ありがとう。
 きっと無駄に高いであろう牛肉で作ったサイコロステーキはもやしと一緒に。バターしょうゆの香ばしさと牛肉の甘さがマッチする。そんな口の中の脂を少しぬるくなったアルコールで流し込んだ。
「大人になってよかった……」
 思わず呟いた矢島の斜め前で、斉藤が少しだけ肩を震わせ笑った。どうやらツボに入ったらしい。
「こういうのはどこで覚えるものなんだ」
「んー? ネットで簡単つまみとかで検索して」
 矢島の作ったものを口の中へと順番に運ぶ斉藤は、いつもより少しだけテンションが高いように見える。そんなに腹が減っていたのだろうか。
「あんただって別に不器用じゃねえんだから覚えりゃいいだろ」
「お前が教えてくれるのか」
「包丁持ってない方の指はネコで、とか?」
 言いながら、左手を顔の横で軽く握る。そんなことをしながら斉藤に物を教えるというのは、なかなかレアではないだろうか。
「猫」
「そう、ネコ」
 確認するように復唱する斉藤に対してそのまま頷くと同時、スマホが向けられカシャと音が響いた。
「撮るなよ!」
「可愛かったからいいだろ」
「良くねえわ!」
 怒鳴る矢島の前で、斉藤はそれを保存し上機嫌。くそったれと呟き、苛立ちながら缶の中身を飲み干し潰した。

昼ごはんのハンバーグ 片桐×長谷川

 平日は何か無い限りそれぞれのマンションへ帰るが、週末金曜日はどちらかのマンションの扉を共に潜る。
 片桐の部屋は放っておくとゴミとダンボールに占拠されるため、長谷川にとってそれを掃除する日でもある。行かないという選択肢を取らないのは、知ってしまったが故に放置出来ないという長谷川自身の性格のせいだ。
 寛げるのは長谷川の部屋、ということで一ヶ月に四、五回あるうちの三分の二は長谷川の部屋、三分の一が片桐の部屋ということで落ち着いている。夏になったらもう少し考えようと思いながら。
 片桐は、服やらコンタクトレンズやらを勝手に持ち込んで、勝手に居場所を作っている。長谷川が居る限り、あのような汚部屋にはなりえないのでまあいいかで放置している現在。少し家の中を整理して、カラーボックスをひとつを片桐用に用意したら、早速そこに色々と放り込んでいた。
 そんな金曜日を過ごし、やるやらないの攻防を経て――どっちが勝ったかはノーコメントとする――土曜日の午前中。掃除をしたり洗濯をしたりする長谷川を横目に、片桐はソファを占領してゴロゴロとしている。手伝えと言えば素直にやるだろうが、家事スキルが全く育っていないため、かえって邪魔になる。ソファの上に居てくれるほうが邪魔にならないので放置している。
「直幸さん」
 家事をしている時は、長谷川が声をかけるまでゲームをしている男が、珍しく話しかけてきた。リビングを横切って洗濯物を干しに行く道行だったため、片桐に気配を向けると、起き上がった片桐は、スマホをこちらに向けていた。
「俺これが食いたいんですけど」
「どれ?」
 近寄り、画面を覗き込むとそこには、有名ホテル勤務のシェフが教える肉汁たっぷりハンバーグの紹介ページだった。勝手に画面に触れて下へとスクロールすると、レシピが載っている。
「……ファミレス行くか」
「じゃなくて」
「――……」
「材料費や足らない道具なんかがあれば、俺が全部出すんで。ね?」
 長谷川の腕を掴んで、にこりと笑う姿は憎たらしいほどに整っている。それに逆らうことなど出来なくて、ため息とともに了承した。

「で、なんで俺まで」
「うちわで冷ますくらいならお前でも出来るだろ」
 飴色になるまで炒めた玉ねぎが入ったボウルと、夏に使ううちわを手渡したら、そんな文句が飛んできたので撃退する。そうしながら牛ひき肉とパン粉、塩コショウとナツメグ――余るんだがどうしたらいいものか――をあわせて手で練る。その途中で片桐が冷ました玉ねぎを入れてもらい、更に練って粘り気を出した。
「そこにある油取って、ここに少し出してくれるか?」
「はい」
 サラダ油を塗った手で種を四等分にして、一つずつを楕円に。空気を抜くように空中でお手玉をすると、興味深そうに片桐が見ているのが面白い。
 片桐にフライパンを熱してもらい、小麦粉を出してもらいとアシスタントに使って種をフライパンへと投入した。
 その間に小松菜ともやしと人参を短冊切りしたものをサラダ油で炒めて塩コショウ。これが付け合わせ。ソースが醤油ベースだからさっぱりめがいいだろう。レシピではケチャップソースだったが、片桐なら醤油ベースのほうが食べやすいだろうと変更した。
 両面に焼き色が付いたら取り出し、そのままソースを作って付け合せ共々皿へ。後は冷凍してあったご飯とインスタントの味噌汁という手抜き感だが、普段昼は外食かコンビニであることを考えると十分手作りといえる範囲だろう。
「おー、すっげえ」
 感動を素直に表す片桐に悪い気はしない。いただきますと手を合わせて、ハンバーグに箸を入れると、柔らかくしっとりとした肉種が割れて、中から肉汁が溢れてきた。
「んん、うまいです直幸さん」
「それは良かった」
 ハンバーグを口の中に入れて、喜びテンションを上げる片桐に笑いかける。長谷川も一口。たしかにいつも食べているものよりは断然美味しい。さすが有名ホテル。
「直幸さん、また俺のために作ってくださいね」
「作り方覚えただろ、次は自分で作れよ」
 片桐は、長谷川の言葉に笑みを深くするだけで、ああこれは全く作る気ないなと呆れ、しかし作るのも悪くはないなと思う自分も、確かにいた。

簡単スイーツ 梶×神谷

 梶が、パンケーキを作れると知ったクリスマスから数ヶ月。商魂たくましい日本の企業が作ったチョコレートを贈る日から、さらに一ヶ月後。
 ケーキ、クッキー、ゼリー、ドーナツ、プリン。タブレットに表示したレシピサイトをスクロールして見ていく。文字だけで見たら案外簡単そうなのに、実際作るとそうではないことを、神谷はすでに学んでいるがために逆にどうしたらいいのか判らなくなっている。
 専門用語は判らないし、調べていたらキリがない。かといって写真と文で簡単に説明されていても理解が追いつかない。
「何やってんだ」
 頭上が暗くなったかと思うと同時に、上から声をかけられ顔を上げると、視界には梶の顔。本人は、神谷が手に持っているタブレットを見ていた。
「甘いもん食いてえのか?」
 珍しいという感情を覗かせて疑問を口にする梶に向かって首を振る。ソファを跨いで隣に男が座ってから口を開いた。
「梶みたいに、俺も作りたい」
「……パンケーキのことか?」
「ケーキは難しいって判ったから別のやつ」
 膨らまなかったスポンジは食えたもんじゃない。それを学べただけでクリスマスの失敗は大きい。あれは難易度が高く、初心者向けではなかった。もう少し簡単で、けれどちゃんと作っているという工程がある菓子はないだろうか。
 説明しながらスクロールをしてレシピを眺めていた神谷の横から腕を伸ばして画面に触れた梶は、上に戻ってひとつのレシピの詳細を出した。
「プリン?」
「食いてえ」
 ケーキほど難しくなく、けれどゼリーのように工程が少ないわけでもなく。そして書いてあることも判らない単語はなく、出来そうな感じがする。
「今度の休み、ホワイトデー過ぎてるけど、その日でいいか?」
「休みもぎ取ってくる」
「元々休みだろ、休出常連者が」

 タブレットを見えるところに置いて、材料も道具も全部揃えて。よしとひとつ頷き小さな鍋に砂糖と水を入れ火にかける。焦げてくるものと判っていても茶色になっていくのを見るのは緊張する。苦いほうが好みなので、なるべく焦がしてから湯を投入。じゅわと音がしてカラメルが跳ねてくる。熱いが手を離さずに鍋を揺すってやると少しずつ音が収まってきた。焦げ茶色のそれをカップにいれて冷蔵庫へ。
 その鍋を洗って牛乳と生クリームを入れて火にかける。この生クリーム、残りどうしたらいいんだろうか。後で梶に聞こうと考えながら、平行してボウルに卵を割り、砂糖を加えて優しくかき混ぜる。鍋の中身がふつふつとしてきたら、それをボウルに少しずつ入れてかき混ぜる。鍋とボウルの中身が一つになったところで一息。
 茶こしでボウルの中身を濾すこと二回。これをやると口溶けがなめらかになる、らしい。冷やしておいたカラメル入りカップに卵液を入れ、アルミホイルで蓋をした後、フライパンにクッキングシートを引いてカップを並べ、水を入れて中火へ。火を強くしすぎないこと、を忠実に守って沸騰したら弱火にして蓋をすること五分。
「おお……」
 表面が固まっているのに中身は柔らかい。何度か振って感触を確かめてから予熱で火を通した。
「梶、生クリームどうしよ」
 リビングにいる梶に声をかけると、立ち上がった男がキッチンへと入ってきた。梶が買ってきた材料の中にあって使わなかったゼラチンを水でふやかし、その間にインスタントコーヒーを鍋に作る。火を止め砂糖とゼラチンを投入し、パッドに移した。
「食べる前に生クリーム泡立てて上に乗っけりゃ消費出来るし、お前でも食えんだろ」
「…………」
「何だよ」
「基本スキルが違う」
 生クリームの残りをどうするのかと使うまで考えつかなかった神谷と、それを見越してゼラチンを買った梶と。料理をほとんどしてこなかったのだから当たり前なのだろうが、なんとなく釈然としない。
 が、数時間後に冷えたプリンとコーヒーゼリーはとても美味しくて、梶の気配も綻んでいてそれを見ることが出来たのだから、まあいいだろう。クリスマスには出来なかったことが、今日は出来た。
「またあのパンケーキ食べたい」
「また今度な」
 そうして次の約束を出来る幸いを噛み締めながら、甘くて苦いプリンを頬張った。

洋食朝ごはん 加藤×松田

 ベーコンを細かく切ってフライパンでカリカリになるまで炒め、皿にとって冷ました後ベビーリーフと混ぜる。
 卵を三つ割って塩コショウ。白身を切りすぎないようにかき混ぜ、バターを落とした小さなフライパンに卵液を半分流し込む。じゅわと音がしてすぐに回りが固まりだす。一呼吸置いてからぐるぐると全体をかき混ぜ、もう一度均等に均した後に奥へ送ってまとめる。手首を叩いてフライパンを揺らして天地を逆に。それを皿の上に乗せ、ベビーリーフとプチトマトを横に添える。野菜の上に少しだけ粉チーズ。にんじんラペも小さな器に盛って一緒に皿に乗せた。
 食パンを縦半分に切ってトースターへ。その間にコーヒーを淹れて、パン以外をリビングのローテーブルの上に並べた後、加藤は隣の寝室に足を向けた。
 シーツにくるまって小さくなって眠る、恋人の姿。
 すぐに敵を作るし、起用なようで変なところが不器用な松田は、それでも加藤が信じられないほど仕事を真面目にやって、残業も早出もいくらでもする。
 少しでも損がないように、得するように。根回しをしてそのために頭を下げて、交渉をして。仕事が出来ると松田の中で判断されると年下や同期だと程度の差はあれどライバル視されるし、年上だとパイプとして繋がろうとする。
 そこから、ここまで。長いとも短いとも言えない期間で距離を詰めた。お前なんて嫌いだ、が口癖の恋人は、それでも一度関係を持ったら本気で拒絶出来ない迂闊さも持っている。まだ、全部を許されてはいないけれど、全部を拒絶されているわけでもない。少しずつ許される範囲が広がっていくことが嬉しい。
「松田、まつだ」
 小さく名前を呼び身体を揺さぶると、むずがるように身体が丸まっていく。しかし、昨夜早出すると言っていたためにここで起こさないと、朝から松田が怒鳴ることになる。その姿を見たい気持ちもなきにしもあらずだが、怒る姿よりは笑っているほうが断然良いし、そのために朝ごはんも作ったのだから冷める前に食べて欲しい。
「松田、朝」
「んー……」
 シーツに顔をこすりつける姿は猫のよう。わしわしと細い髪の毛をかき混ぜると、瞼が上がって茶色の瞳が果糖を捉えた。
「何してんだ」
「愛でてる」
 決して寝起きの悪くない松田は、瞼が上がればすぐにいつも通り。だからこそそうなる前の姿は希少価値があって、本音としてはもっと寝ていたいのだけど、それが見たいがために加藤は早起きをするようになった。
「朝ごはん作った」
 と、口にするのと同時にキッチンからトースターが呼んだ。それを指差し、
「用意して待ってる」
「……ん」
 起き上がる松田にそう声をかけて、キッチンまで戻る。こんがり焼けたパンを皿へ。冷蔵庫からバターとブルーベリージャムを持ってリビングへ。
 床に座ったところで、顔だけ洗ってきた松田があくびを噛み殺しながらリビングに戻ってきた。
「朝から豪勢だな」
「オムレツ食べたくなったんだよ」
 ふーんと呟いた松田は、手を合わせて小さくいただきますと呟いてからパンにバターを塗って齧る。コーヒーを飲んで、オムレツを一口。
 松田が、加藤が作ったものを食べている。それを見ているだけで白飯が食べられそうだなと思いながら、加藤もオムレツを口に放り込む。バターがたっぷりで自画自賛だが美味い。松田から文句も飛んでこないし、眉間のシワもないから、及第点なのだろう。
「お前、お坊ちゃんのくせに生活力あるよな」
「前にもどっかで言ったけど、俺んちは働かざる者食うべからずで、バイト色々やってたから」
「居酒屋でこんなん作んねーだろ」
「そこはまあ、勘で」
 料理音痴でなければ、多少料理に慣れていたらレシピを見れば大抵は作れるものだろう。
「まあ美味いもん食えるのはいいけど」
 もそもそと口の中に野菜を詰め込みながら、松田が言う。何気ない台詞で、松田も深く考えていないのだろうけれど、だからこそそれが嬉しい。
「今日R社打ち合わせ?」
「ん。……ってなんで知ってんだ」
「松田のことだから」
「きっも」
 コーヒーを飲みつつ顔をしかめながらも、その声に怒りはなくて。そのことがやっぱり嬉しかった。

夜食スープ 黒崎×白石

 一緒に住みたいと言ったところで、すぐに実行出来るものではない。いや、物理的には可能だが、契約面や金銭面もある。二人共成人しているとはいえ、学生の身。話を通しておかないといけない場所はそれぞれある。
 家賃も生活費も、自分一人でなんとかしようとバイトを詰め込み、その上で課題や研究をして更に黒崎との時間を持とうとする姿は、どうみてもオーバーワークで。彼の実家のことがなくとも、いつか倒れるのではないかと思ったこともある。……実際は、黒崎が先に倒れて怒られたのだけど。
 一緒に住んでいるというよりは、週に何度か泊まりに、という塩梅だが、彼のための布団を買って、歯ブラシやコップを置いて、着替えを棚に入れて。そのひとつひとつに幸せそうに笑う白石を見て、気持ちが和らいで。
 新緑の季節から、そうして二人で過ごす時間が増えた。

 パソコンに向かって、紙とにらめっこして、それでも見えない道筋がどこかにないかと探す作業は、宝探しに似ている。あるはずだと信じて道行くしかなく、けれど歩いた先の箱の中に何もないなんてことはしょっちゅうある。それを諦めずに道なき道を進んだり、戻って別の道を歩いたり。そうして自分の頭の中と文献と数式に没頭していると時間感覚がなくなり、気付けば一日が終わっている。
 ふと顔を上げると、机の反対側でキーボードを叩いている白石の姿。課題も研究もバイトも何もかも手を抜かない青年は、睡眠時間を削ってでもノルマをこなす。真面目で実直。好ましい。
 少し切れた集中力。同時に腹が減っていると脳みそが訴えてきて時計を見ると、日付が変わって一時間ほど経っていた。ふむ、と考えるのは一瞬。集中している白石の邪魔をしないように静かに立ち上がり、キッチンに向かった。
 冷蔵庫から玉ねぎとトマト、鳥のささみと卵を取り出す。鍋に水を入れて火にかけた。
 玉ねぎを薄切りに、トマトは一口大。ささみは薄く削げ切りにして片栗粉を薄く纏わせた。卵はお椀に溶いておく。
 沸いた湯に鶏ガラスープの素と酒としょうゆ。塩コショウ少々で味を整え、玉ねぎとささみを投入。アクが出てきたらすくい取って数分。ささみに火が通ったらトマトを入れ、卵を回しかけて半熟で火を止めた。最後にごま油を少し。元のレシピは刻みネギをと書いてあったが、一人暮らしの男の部屋にそんなものはないので省略。器に盛ってスプーンと共に部屋に戻った。
「食べようか」
 音と匂いで何をしているのか判っていたらしい白石は、小さな机の上を片付けてくれた。そのスペースに器を置いてスプーンを渡す。
「腹減ってたんで嬉しいです。いただきます」
 きちんと手を合わせてから、白石はスープに口をつける。ささみを口の中に入れて、ほふ、と息を吐く姿をじっと見ていると、視線に気付いた白石が、少し顔を赤くして俯いてしまった。
「あの、美味しいです……」
「それは良かった。白石君はこっちの人だし味付けが少し濃いかもしれないと思っていたから」
 トマトと一緒に食べると酸っぱさがあり、美味しい。つるりと食べられるささみは、夜中に食べるにちょうどいい。
「料理しはるんですね」
「……外に出るのが面倒な時とか、冬に……」
「寒いですもんね」
 生粋の京都生まれである白石が笑って言う。
 こちらに来て初めて体験した冬はかなり過酷だった。研究室に住み着きたくなるほどに、外に出たくなかった。どうやらその年は例年より寒かったらしく、少々恨んだことは忘れないが、次の年から多少楽にはなったけれど。
「寒なったら湯豆腐もええですね。温まりますよ」
「その時は白石君に作って貰おう」
「はい」
 小さな約束ひとつで喜ぶ白石に、黒崎も嬉しくなる。まだまだ先の話。その時には、毎日同じ玄関をくぐっているだろうか。
「黒崎さんは料理洗濯掃除どれが一番好きですか?」
「……その中なら掃除だな」
「へえ……この部屋もいつも綺麗ですもんね」
「思考が煮詰まっている時に掃除すると、すっきりする」
「夏休み最終日に部屋掃除するメンタルで掃除しはるんですか」
 笑い、話題をころころと変換させて。こうして笑っている姿をずっと見ていたいと、そう思った。