朝涼

梶神ペーパー

2024年3月17日 春コミ

「旅行に行きたい」
 身体を重ねて後始末をして、二人一緒にベッドに転がった途端にリビングからわざわざ持ち込んだタブレットを指差しながら、うつ伏せになった神谷が言い出す。スリープ状態の画面を起動させると、間接照明の中でも明るく光る。
 とっとと寝るつもりだったが、神谷の行動に何も言わずに左腕で頭を支えて横向きになった。
「やってる最中、んなこと考えてたのか」
「違うって。さっき起き上がった時、そこから飛行機の光が見えて」
 と、指差すのは少しだけ隙間が出来て外の景色が見える窓。今は遠くに白色の外灯と、赤色の航空障害灯の光だけが反射して見えた。
 この光を見るたびに、東京は明るいなと梶は思う。
 地元ではそもそも航空障害灯が必要なほどの高層ビルはなかったし、市街地でも夜は暗いものだった。東京だって地上は暗くなるが、地上から離れた上の方は明るい。それが不思議で、上京したての頃は明るさに慣れなかった。
 そんな光からタブレットを弄る神谷に視線を戻すと、旅の特集サイトをスクロールしていた。
「連続休暇まだ使ってないだろ」
「ああ」
「海外でもいいし、国内でも……どっか行きたい」
 行こうではなく、行きたい、という願いを口にする神谷のいじらしさと遠慮の仕方に、目を細めて少しだけ湿っている神谷の前髪を指で弾いた。
「どこ行きてえんだ」
 梶がそう促せば、無表情のままタブレットをスクロールしていく。
 最初こそ、この表情の意味が読み取れずに困惑したが、神谷は嬉しいことがあると喜びを外に出すまいと何故か表情を消す。どういう理屈だと未だに不思議だが、素直に感情を表に出すのが苦手なのかもしれない。一度理解してしまえば、無表情であっても空気で喜んでいるのは判る――同時に、無表情でも怒っているのも判る――ようになった。
「梶、仕事だと欧州が多いよな。だから中韓もしくはアメリカ。いっそ南半球か……。けど、温泉も捨てがたい」
 言いながら見ているのは温泉特集。人気の温泉地から少しマイナーな地域まで幅広く、言い換えれば内容が少しだけ薄い特集ページ。このページをハブにして自分で調べていかないと本当に欲しい情報には繋がらない。微妙に使いにくいけれど、使い方さえ知っていればハブとして十分使えるようで、神谷はこういったページから旅行計画を考えるのだと以前教えてくれた。
「王道は外れがないけど、それだけじゃあつまらないだろ」
 と、笑う姿に、流石趣味に旅行を上げてくる男だと言われた時に思ったものだ。
「海外だと移動で数日取られるし、やっぱ国内かね。梶はどっちがい?」
 温泉、浴衣、湯けむり、布団、散歩、雪見。頭の中で想像する神谷の姿をしばし堪能してから口を開いた。
「貸し切り風呂付き」
「何するつもりだよ、すけべ」
 笑いながらの神谷の言葉に、無言で腕を動かし細腰を撫でて返事をする。そんな梶の指を捕まえて封じようとする神谷から逃げ、追われと戯れることしばし。吐息で笑う神谷に覆いかぶさって耳の横に口付けた。梶の肌とは違いきちんと手入れされている神谷の肌は、触れていると気持ちがいい。女の柔肌とは似ても似つかない。さらりとした表面と、その下に確かに感じる筋肉と骨の感触。それでもずっと触っていたくて、プライベート空間だとつい手を伸ばしてしまう。
 神谷は邪魔な時はそう言うし、そうで無い時は梶の好きにさせてくれる。セックスの後、性的でない触れ合いを神谷も気に入っているのか、眠るまでの少しの間に触れると、この時ばかりは素直に目元を緩ませる。流石に色々と曝け出した直後だと、無表情にはならないらしい。その表情も見たいという欲も含まれての接触だ。
 ふふふ、と笑った神谷は、ごろりと身体を反転させて天井に身体を向けてから、梶の頬に掌を当てて無精髭に触れた。
「温泉地ハシゴするのもいいかもな」
「ああ」
「土曜日から二泊ずつで四箇所行けるって思うとかなりの贅沢か」
「なら最後の二泊は都内のホテルか、ここがいい」
 旅行はもちろん楽しいもので、普段見れない姿が見られることだろうけれど、慣れ親しんだところで見せるリラックスした姿も、それはそれで好ましいのだ。
「なら、そうしよう」
 梶の提案に目を細めて神谷が笑うから、顔を近づけて薄い唇に齧り付いた。