朝涼

現代利×室町土

2025年2月18日

 前世の記憶があるというのは創作でよくある設定で、自分のことでなければ厨二病かと笑うところなのに、自分ごとだから笑うことも出来ずに十八を迎えた本日。両親はそれこそ生まれる前から知った顔で、それ以外にも何人か見知った顔を見かけたこともあるけれど一番会いたい人に会えぬままこの歳になった。幼い頃から様々な記憶を夢という形で見ていて、それはどれも鮮明に脳に刻まれている。氷ノ山で育った事、忍者として生きていたこと。人を初めて殺した瞬間、忍たまたちとのドタバタとした日常。――そして、大切で大事な人との記憶。
 そんな記憶があるからなのか、小さい頃は忍者の真似事をして無茶なことをしては怪我を負っていた。
 あの頃のように動かぬ身体に苛立ち、泣いた自分を両親は慰めてくれたけれど、違うそうじゃないと癇癪を起こすしかなかった。今の自分はあの頃のように木から木を渡ることは出来ないし、手裏剣ひとつ的に当てられない。気配だって消せる気がしない。それでも忍者の真似事をしていたためなのか、同級生より体力はあるし身体能力は高いけれど。
 忍者になりたいわけではないけれど、あの身体能力があれば山の中を駆けて、日本のどこかにいると信じている大切な人を探しにいくのに、とよく考える。自分の足を使うより新幹線を使ったほうが早いし楽だというのに、だ。金と自由がない学生だから余計にそう思うのかもしれない。
 外を歩く度、行ける範囲で様々な道を歩いて、人を見て探すのは十何年も続ければ癖になる。
 今日もそうやりながら大学から帰る途中、駅の階段から落ちてブラックアウト。普段なら絶対にしない失敗に嘆く暇すらなかった。

 そうして、次に目が覚めたら何故か森の中だった。
「ええー……?」
 ピーチチチ、と鳥が鳴いていて、森林の隙間から太陽が覗いているのを見上げて声を上げると、少し離れた場所から「あ!」と声が聞こえた。そちらに顔を向けると、深緑色をした忍び服を着た少年がこちらに向かってきた。
「目が覚めたんですね。大丈夫ですか? 少し失礼します」
 言いながら、少年がこちらの頭を持ち上げて掌で何かを探る。
「コブは出来てないですし、他に外傷はなさそうですが気持ち悪いとかありますか?」
「えーと、ない、けど、……いや待って」
「? はい」
 触れられた掌も、身体の下にある地面の冷たさも、木の隙間から落ちてくる太陽の温かさも、全てリアリティ溢れていて、普段見る夢とは全く違う。夢の場合自分視点ではあるものの、どことなくぼんやりとしていてワンシーンをつなぎ合わせたようなものばかりだし、触感がないのだ。他人の声は自分の脳内で作り出した声だから、音として拾っているわけではない。
 だというのに、今感じているのはあまりにも現実の続きで、夢だとは到底思えない。
 思えないのだが、夢であるはずなのだ。だって、少年は忍び服を着ている。現代でこんなもの着ていられるのはテレビや舞台の撮影か、オタク系のイベントや忍者村でのコスプレくらいだ。それ系だと布が綺麗すぎて違和感を覚えるから自分は見ないようにしているのだが、今目の前にいる少年の服は草臥れ、一部はほつれてそれを直している跡があり、日常で着ていると一目で判る布の柔らかさがあった。
 そして、この少年は見覚えがある。昔の自分より三つ年下で、不運が常に付きまとっていた保健委員。
「善法寺伊作……」
 思わず呟けば、少年が目を細める。瞬間、ヒヤリとした空気を感じて身体を震わせた。
「僕からも質問します。――貴方は誰ですか?」
 右肩を捕まれ、地面に押し付けられると動けない。たったそれだけで、彼が相当の訓練を受けている本物なのだと気がついてしまう。信じられないけれど、信じがたいけれど。ここは紛れもなく、
「……本物?」
「――――」
 こちらを観察する目に優しさはない。ああ、彼は紛れもなく忍者なのだ。怪我人を放っておけない優しさを持ちながら、同時に敵か味方かを正しく判断しようとする、忍び。
 意味が判らないけれど、どうしてなのかさっぱりだけれど、文字通り夢に見ていた場所にいるのだと納得してしまった。
「俺、……私、は、山田利吉……です」
 こちらの名乗りに、少年は驚きと困惑を表情に乗せた。

     ●

 ふと、少年――伊作が顔を上げる。釣られるように視線を向けるが、そこには何も無い。何だ? と思ったのと同時に、全く逆の方から声がかかった。
「呼ばれてきたけど……どういうことだ?」
 ――その、声は。
「先生、すみません」
「いや、いいけど」
 ずっと聞きたくて、探していて、見つからなかった声。
「僕の認識では突然現れて、けど気絶しているので様子見していたら目を覚まして……少し会話をしたところです」
「……とても見覚えのある顔をしているんだけど」
「はい。ただ、気配が……」
 切望する日々。
 絶望した日々。
 記憶の中、夢の中にしか存在しないのかと疑った時もあった。もしかしたら彼はもう二度と生まれ変わりたくなくてあの世にずっといるのかもしれないと思ったこともあった。
 それでも諦めきれなくて、探し続けていた人。
 ゆっくりと視線そちらに向ける。
 真っ黒の忍び装束。手入れの悪いぼさぼさの長い黒髪。大きな瞳。
 記憶の中の大切な人と重なる姿。
「……に、い」
 瞬きと同時にぼろりと涙が零れ落ちたことに気付いたのは、雫が頬を伝ってから。
 押さえられていない左腕をゆっくりと伸ばす。
「お兄ちゃん……」
 もうずっと口にしていなかった、たった一つの大切な音を言葉に乗せた。
 そんな私の声に、驚きを見せる兄にふと笑いが零れる。
「やっと、逢えた……っ、お兄ちゃん」
 気が付けば身体が自由になっていて。
 その理由を考えるより先に、両腕を広げて焦がれた身体に抱きついた。
「俺の妄想じゃなかった……お兄ちゃんはいたんだ。ちゃんと、生きて……ッ」
 夢の中にしか存在しないのではなく、ただ逢えていないだけなのだと。抱きしめる体温が本物だと伝えてくる。
「生きてる……」
 流れる涙をそのままに、震える吐息と共に言葉を吐き出すと、腕の中の身体が困惑に揺れた。
「ごめ、なさ……。けど、もう少しだけ、このまま」
 背中にまわした腕に力を込めてそう伝えると、素性のしれない男相手だというのに、兄はこちらの背中を優しく慰めるように撫でてくれる。
 その仕草は夢で見た通りだったから、また涙が溢れて止まらなくなった。