2025年6月25日
見かけたのは偶然――などではなく、ここらにいるだろうと探した結果見つかったというだけ。だからその光景を見た時、特別に感情が動くことはなかったものの、だからといって見つけましたハイ終わりとなるわけでもなかった。感情とは複雑なものだ。
忍術学園で子供たち相手をしている私よりも、現役で様々な任務をこなしている利吉くんのほうが勘が鋭いだろうに、少し前にいる利吉くんは私の気配にまったく気付いていないようで、それが更に私の機嫌を落としていった。
利吉くんは優しい。老若男女問わず、誰にでも優しい。
忍びとして切り捨てる意識を持ちながらも、誰をも包み込む情も持ち合わせている。何せ、突然崖から降ってきた、名乗ることも出来ない死にかけの抜け忍すら受け入れてくれたのだ。ご両親に釘を差されていたのだろうけれど、それを差し引いてもあの頃の少年は、抜け忍に対して過去を一度たりとも検索してこなかった。その上で、易易とこちらの懐に入り込んできた。そんな場所に人を入れたら、命を取られることと同義。
――そう、だから私はあの時彼に、命を取られてしまったのだ。
命。心臓。心。
彼が年下だとか、そういうのは関係がなかった。だって、懐に人を受け入れるというのはそれだけ大事なのだから。するりと人の懐に入って命を握る。殺す。ああなんて彼は優秀な忍びなのだろうかと感心したものだ。齢十二で人の心を掌握することに長けていた。それにまんまと引っかかった私は、今も彼に命を握られている。
なんてことを言うと、人聞きの悪いことをと利吉くんは怒るのだけれど。
「私はお兄ちゃんに術なんてかけていませんし、命を取ったことだってありませんよ。ただ、出会ってすぐ……とは言いませんが、怪我が治りかけて、けれど私のせいでもう一度大怪我を負って。泣く私に対して貴方が「守れてよかった」と笑って、……笑いながら泣かれたその涙がとても美しくて。その涙に恥じない男になりたいと誓っただけです」
この告白に対して、私が発することが出来た言葉はただひとつ。眩しい。
思い出しても眩しい。これを術ではなく天然でやりおる山田利吉が恐ろしく眩しい。誰だ育てた責任者。毎日顔合わせている山田先生と、今も時折交流のある奥様ですね、存じております。二人から生まれて本人の素質がすごくて、そりゃあモテるだろう。これでモテないわけがない。
これが任務ならば、彼はうまくやるのだ。甘い笑顔で老若男女問わず魅了し、必要な情報を貰い受け、恨まれることなくさよならする。何度か見たことがあるが、鮮やかに任務をこなす。
だというのに任務でない私事になるとてんで駄目なのだ。ぐいぐい迫られると生粋の優しさが顔を出して延々と付き合ってしまうし、優柔不断とまではいかないものの、任務の時に出来る切り上げたりいなしたりということが出来なくなる。だから利吉くんに気のある人は諦めるということがなく、ずっと付きまとうのだ。今のように。
「利吉くん」
「――はん、」
ああ、壁際に追い詰められて。乳を利吉くんの身体に押し付けている積極的な女をはしたないと思う男もいれば、それがたまらんと鼻を伸ばす男もいる。さて、利吉くんはどっちだったかなと思いながら、その女を挟むように利吉くんの顔の横に手をついた。私と利吉くんの間にいる背の低い女が困惑げに顔を上げ、私と利吉くんを交互に見た。
だからにこりと笑う。怖がらせたいわけではないのだから、と。
「お嬢さん、随分と熱心ですね。確かに彼は姿も内面も格好いいから、あなたが口説きたくなる気持ちはよぉく判る」
指に触れた利吉くんの髪を握り込むと、引っ張られたからか少しだけ眉を動かす。
だが、彼は何も言わずに口を噤んだ。
「町を歩けば少女たちが振り向くし、性格が良いから男たちからも好かれて、ねえ」
「まあ、この方のお知り合いですの」
「ええはい。もしかしたら彼よりも彼のことを……」
つい、と女から男へと視線を向けて、目を細める。
「知っている」
「……?」
「――――」
まったく。まったくだ。任務だとでも思ってさっさと切り上げて私のところに来たらよかったのに。
約束の時間を守らないのはいつも私のほうで、もちろんそれを悪いと思う心はあるのだから今日は早く行って待っていようと思ったことがそもそもの間違いだったのか。いつもと違うことをしたから、利吉くんもいつもと違うことになったのか。因果は判らないが、約束の時間になっても現れない利吉くんをどうしたのかと、探しに出たのは約束の時間からすぐのこと。堪え性など私にはない。だってそもそも久しぶりの逢瀬だったのだし。任務が長引いてとか、怪我をして、という可能性は考えなかった。そんなヘマをする子ではないし、その心配は彼に失礼だからだ。だから考えられる第一位は誰かに捕まっている。害がないほうで。と思いつき、考えうる場所を探し歩いて見つけたのがここだった。
矢羽音を飛ばしてくることもなく、無言でいる利吉くんは私の機嫌が悪いことをちゃんと判っているようで何より。ここで言い訳なんぞしたら、男二人で女を挟んで修羅場だ。どんな見世物なのか考えたくもない。
だから、利吉くんはその手段を取らないことと、そもそも彼が靡くはずもないという事実があるため少しだけ冷静になる。
利吉くん本人は少年期からずっと私の命を握って育ってきた。今も、私が一番彼の近くにいるという自負がある。どれだけ胸や尻がデカかろうと、でかまらや使い込まれた菊門があろうと、器量が良かろうと、金持ちだろうと、彼は靡かない。
判ってはいる。けれど、理解と納得は別だ。
そして、いくら優しいとはいえいつもならば何だかんだ切り抜けているであろう彼がそう出来ないということは、今回の相手はかなり積極的ということで。
「お嬢さん、申し訳ないが彼は私が連れて行くよ」
「お約束が? ならばせめて住んでいる場所を。明日にでも伺います」
本当に積極的だの、なるほどこれは仕事ではないと撒くのも難しかろうと納得しながら、彼女の耳元に顔を寄せる。
そうして利吉くんにも聞こえるくらいの、けれど抑えた音量で真白い耳に言葉を吹き込んだ。
「彼は私の男だから、それは駄目」