2025年7月28日
・2025年9月に出す新刊の転生現パロふたり
・一人称がごっちゃなのは設定上の仕様
「利吉くん、冷蔵庫開けるよー」
「どうぞ」
1Kの部屋は声を張らなくとも会話が出来る。それが利点だよなと思いながら、一人暮らし用の小さなツードア冷蔵庫を開けて、ペットボトルを取り出した。ここに来る前にスーパーで買った微糖のコーヒー。安くて量が多いというだけで選ぶけれど、味も悪くないから気に入っている。
「コップ使ってくださいよ」
「だって面倒だし……洗い物出ちゃうし」
「相変わらず自分のことは面倒くさがるってことは、もう性分ですか」
「んー、そうかも。死んで生まれ変わっても変わらないわけだから、私の根本は面倒くさがりなんだよ」
「そんな堂々と言い切らないで、半助さん」
一人用の小さなテーブルの上には、ノートパソコン。開かれているのは賃貸情報サイト。ここよりも広い二人暮しを想定した検索結果が表示されている。
「……若者の展開の早さについていけない」
「だってここだと狭いじゃないですか」
膝を抱えるように座って、腕の中からこちらを見る利吉くんは拗ねていて、そんな姿は素直に可愛いと思う。大人びている時と子供っぽい仕草が同居していて、それがこの子の魅力だろう。
「僕は狭いの好きだよ」
だって、と腕をぶつけるように隣に座ると、夏の体温がじわりと互いの間を行き来する。
「こうやって近付けるから」
「なんでそうかわいいことを……」
頭を抱えて嘆く青年のほうが可愛いと思うけどなあと、左巻きつむじを見下ろしながらコーヒーを飲む。仄かに苦くて甘いのがお気に入りだ。
「部屋が広くなっても俺からくっつきますし、半助さんもくっついてきてください」
「意味もなく近付くのって、ちょっと難しいし……」
「そこは慣れて」
「ええー」
そもそも、利吉くんを初めて見かけてから互いに認識するまで、七年もの歳月を要したというのに。それはもちろん、私が意図的に利吉くんを避けていたからであって、利吉くんに非は何も無いのだけれど。
とはいえ、七年もの時間……否、それ以上に約二十年もの歳月、彼を避けることを考えていたわけだから、筋金入りに思考が固まっているし、反射で逃げたくなる。だから、理由がないと近付きにくい。
この部屋に来ることだって、約束があるから、部屋を出たから、電車に乗ったから、スーパーで買い物をしたから、近くまで来れたのだから、と自分に言い訳をしなればならないほどだというのに。
それでも姿を見たら嬉しくなるし、愛おしさが溢れてくる。
この子と〝彼〟には、僕の中で区別はないけれど、たまに違ってそれが面白くもあり少し寂しくもあり。それは利吉くんも、僕と〝彼〟に対して思っていることだろう。
近付くのには理由がいるのに、近くにいると嬉しさが勝る。矛盾は僕の十八番で、抱えて生きてきたものだから馴染み深い。だからこそ、手放すのが怖い、というのも現実で。
「三十にもなると、慎重さが出てきちゃうから……君みたいに勢いで行動出来ないんだよ」
「だからこそ俺を理由にしたらいいんですよ」
こちらの手からコーヒーのペットボトルを奪って、利吉くんが口を付ける。君だってコップ使わないじゃないか。
「俺が貴方と一緒に住みたいと言ったから。……ね? 立派な理由でしょ」
華やかに笑う彼は、けれど目の奥に少しの恐怖が見え隠れしている。拒絶を恐れ、離れることに戸惑いを持って揺れる瞳。
何百年も昔に共に生きて、その記憶を互いに持ったまま再会して、以前の関係と似ているけれど違う新たな関係を築き始めたのはたった一ヶ月前のこと。
素直になるのだと約束をしたけれど、僕にはまだ動くことに理由が必要で。
追いかけ続けることが当たり前でありながら、諦めも同居しているこの子。
こんな関係を破れ鍋に綴じ蓋と言うのだろうか。……違うか。
「利吉くん。……ぎゅってしてほしい」
「――――」
言ってから、あまりにも唐突だったかと頬が赤くなるのを感じた。何だよぎゅって。三十路男が口にしていい語彙ではないだろう、とも。
「あ、や、ごめ、」
ん、と言うより先に利吉くんの両腕が僕の背中に周り、ぎゅうと擬音が聞こえてきそうなほど強く抱きしめられた。
「半助さんって、本当に小学校や保育園の先生じゃないんですか……」
「違うってば。ただのサラリーマン」
「信じられない。可愛い。もっと言ってください」
ぎゅっはないだろうと反省したので、もう二度と言わないと心の中で誓っておく。顔に溜まった熱がなかなか発散しないが、利吉くんが嬉しそうなので今回は甘んじようと、同じように背中に腕を回した。
「僕は僕で、理由付けがなくても動けるように努力していくから、君は僕が君の前から消えないと信じて」
目を閉じれば記憶に残る。魂に刻まれた過去。
そこにある、彼の記憶。
「おかしなものだね。私を置いていったのは君なのに、今は君が置いていかれないかと怯えてる」
「ふ、はは。確かに」
肩口で笑う利吉くんの吐息が震えていて、もしかしたら泣いているのかもしれないと思った。今世のこの子は少しだけ泣き虫で、昔よりも少しだけ素直な子。
「……ね、お兄ちゃん。私がいなくなって、泣いてくれましたか」
小さな確認の言葉はやっぱり涙に濡れていて。
だから私は彼の肩口に同じように顔を埋めて表情が見えないようにしながら首を振った。
「泣かなかったよ」
忘れない、忘れられない彼の最期の言葉。
三日間の奇跡の日々。
「だって、君とまた会えるって……知っていたから」
ああ、けれど。
「薄情者だと親不孝で兄不幸者だと、怒りはしたなあ」
「……それは申し開きもありません」
こめかみをぶつけて促すと、利吉くんも顔を上げる。濡れた瞼に引き寄せられるようにキスをすると、温かな体温がゆっくりと溶け合った。
「長生きします」
「……うん」
うん、それがいい。そうして欲しい。
「私より長生きして。……僕より先に、死なないで」
混ざりあって、交じりあわない二つの魂が叫ぶ本音。
「やくそく」
よっつの魂と、ふたりの言葉。口に出して言霊としてなんて今の時代には古いけれども、昔から確実に継がれている伝承はだからこそ強い。
言葉にして、確かなカタチにして。
それが互いの安心になるのだと、僕らは知っているのだから。