朝涼

01:その名は独占欲

2025年4月3日
土「君は猫っぽいのか犬っぽいのか…たまに分からなくなるよ」
利「忠犬ですよ しつけてください」

「身体大丈夫ですか?」
 濡らした手拭いが、半助の肌の上をゆっくりと往復していく。汗が拭われ水分が蒸発する気持ちよさに息を吐くと、利吉がふと笑う。そちらに視線を向けると、真剣に、だが楽しそうに半助に奉仕する青年が見えた。何が楽しいのか、こうして夜を共にして熱を交わしあった後、利吉は必ず半助の世話をする。基本的に面倒くさがりでものぐさな半助は、どうせ風邪もひかないし外に出た時ついでに水浴びをしたらいいかという気持ちでそのまま放置して寝てしまうのだが、利吉はそれが許せないようだった。
「寝転がってるだけでいいから身支度を私にさせろ」
 初めての夜にそうして寝ようとした半助に対して、たった今しがた情を交わした相手に向けるには相応しくない半目を向けて、そんな風に言ってきた。そういえば敬語なかったな、と気が付いた。敬語がない時の利吉はかなり怒っている時だ。別にいいのになあと思いながら、損するわけではないので以降好きにさせている。
 背に触れる布団は、じとりと汗が染みている感触。それでも汗だけで精液が垂れていないのは、今半助の身体に触れている手拭いが先程までは布団に敷かれていたからだ。毎回マメだよなぁと思う。宿でもこうした空き家の布団でも、極力汚さぬようにする。確かに濡れていたら多少気持ち悪いけれど、そういうものだと思えば気にせず寝られるし、最悪床にごろ寝でもいいのにな、と考えていることは秘密だ。言ったら怒られそうだということは判る。
「あー、きもち」
 首から胸、脇、腕、腹、と順番に拭われていく最中にそう零せば、今度こそ利吉が肩を揺らして笑った。
「何で笑うんだよ」
「最初の頃は軽く拭うだけで、もういいって拒否していたなあと思い出しただけです」
 足で蹴って抗議をすると、その足を掴まれ利吉の肩に担がれる。利吉はその状態のまま手拭いを手桶に浸して洗い、ぎゅうと絞っていた。片足ずつ、太腿から脹脛を拭い、膝と膝裏も丁寧に布が往復する。かかとから足の指先まで包まれて、軽く圧をかけられるのが気持ちいい。そのまま利吉の親指が足の裏を刺激していく。
「あーそこ痛気持ちい」
「ちょっと硬くなっていますね」
 その硬い場所を親指が絶妙な力加減で往復すると、コリコリとした刺激が入って気持ちがいい。もう少しやってほしいなと思うほどの時間で離れていくのが憎たらしい。けれど口にするのも億劫で、気持ちよさに意識を揺蕩らせながら続きを待った。足の指を広げられてから、その間を手拭いによって拭かれていく。最後に雑巾を絞るように少し強めに肌を刺激されて片足が終了。足を降ろされて逆側を同じように。
「怠惰すぎてきり丸に怒られませんか?」
「……どうだったかな」
 もったいないことをすると怒るが、それ以外ではあまり怒られていない気がする。半助が聞き流していて覚えていないだけかもしれないが。
 しかし、そんなことよりも。
「閨で別の男の話題を出すんだ?」
「あなたの息子相手に悋気を起こすとでも?」
 無言でいると寝てしまいそうだと、からかい混じりそう口にすると、半助と話す時にしては少しだけ熱の冷めた声で、利吉が疑問を投げかける。その声音に、この子は本当に内外を切り分けるものだなあと感心してしまった。
 身内だと認めた上で、自分を出すことを許す範囲が極端に狭いのだ。ご両親はもちろんのこと、半助は内側だが、他の人間はほぼ外側。それでもきり丸はまだ内側に近い方であるため、声に冷たさはあまりない。外側でも遠い場所にいるとその場限りの対応となり逆に優しくなるものだが、中途半端に関わりがある――は組でもあまり関わりを持っていない生徒や、他学年がそれに当たる――人物だと、少しだけ他人行儀が強くなるのだ。
 ……これも人見知りっていうのかね。
 そんな対応の時の利吉は猫のようだと、いつも思う。今、半助の身体を丁寧に整えている姿は忠犬のようなのに、外に出るとツンと顎を上げて冷静な瞳で周りを見て、媚びることなく孤高を貫く。そのくせ、その姿で周りを魅力する、猫。
 内と外でこんなに変わるものなのかと、いつも驚くのだ。
「君は猫っぽいのか犬っぽいのか……たまに分からなくなるよ」
 両足を拭き終わった利吉は、そのまま一番汚れている身体の中心部分に手拭いを当てる。ひやりと冷えた布が精の残滓を拭いとる。
「ご存知でしょう? 私は忠犬ですよ」
 そうして献身的に半助の世話をしながらの言葉は、半助を自分自身の内側に入れているからか、先程きり丸のことを言ったものと同一人物なのかと疑いたくなるほど、とても甘くて優しい。
 しかし、と布の上から指を際どい所に触れさせながら、利吉が目を細めて笑う。
「疑うようならば、ぜひしつけてください」
 爪が肌の上を軽く引っ掻き、鎮火したはずの熱を灯そうとする。
 そんな不埒なことをする恋人の頭を、軽く叩いた。
「早く寝るよ」
 しつけろと言うのならば、そうしよう。
 元々言うこと聞くようで聞かないし、柔軟なようで頑固だし、猫の部分も犬の部分も持ち合わせているのが利吉だ。そんな青年が、半助にだけは従順になるというのは――正直、心の深いところが満たされる音がする。
 素直に半助の身支度を整えることに戻った姿を見ながら、密かに笑んだ。