朝涼

逃れる術などありはしない

2022年2月19日

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 水面から浮上するように、一気に意識が外へ向かう。目を開いて、そこで寝ていた事実に気が付き、は、と息を吐いた。
「起きたか」
 間接照明は付けられている、それでも薄暗い部屋。間近からの声にそちらに視線を向けると、煙草を吸いながら矢島を見下ろす斉藤がそこにいた。
「……何時」
「四時半」
 声は枯れていて、喉が痛い。けれど身体にベタつきはなくてスッキリしているのは、斉藤によって世話されたからだろう。
 煙草を灰皿に押し付けた男が、シーツに手をついて矢島に触れる。苦い。
「手加減しろよ、てめぇ」
「さっさと素直にならんお前が悪い」
 前髪を梳かれ、頭皮を指でマッサージされるように通されると気持ちが良くて目を閉じる。深く落ちたがまだ疲労は回復しきっていない。日が昇ったらまた仕事だ。体力回復をしなければならない。
「とはいえ、予想外にいかせすぎたからな。ひとつだけ教えてやろうか」
 何をだと瞼を開けると、矢島の髪を梳きながら、斉藤がこちらを見下ろしている。
「お前が未だ俺のものにならないから執着が強くなる」

 矢島の葛藤などその全てをお見通しだと。
 囲い込み、逃がすことなどしないのだと。
 与えた選択肢は、たったひとつなのだと。

 頭にあった右手がするりと肌を滑り、矢島の首を包み込む。

「早く同じ場所まで落ちてこい。そうしたら、お前の望むくらいには落ち着くだろうな」

 苦しさはひとつもなく。
 真綿で首を絞めるかのように、優しさという暴力で、矢島を痛めつける男が、そう言ってとても綺麗に笑ったのだった。