制服姿を見ると、少しずつ古い記憶となっているものを思い出す。
古い、となっても強烈で鮮烈で、斉藤の中で色褪せることなくずっと頭の中にあるもの。
スーツならばまだしも、制服となるとほとんどの警察官は没個性となる。黒髪に短髪、身長の差はあれど、若いものならばさほど肥満体質もおらず後ろから見たら誰が誰やらとなる。
一糸乱れぬ整列と掛け声。それを正義とする古臭い体制。
しかし、それにファンがついているのも現実で、だからこそこれはこれからも変わらぬのだろうと、斉藤もその列の中で思考を停止させ、時間がすぎるのを待っている。
お偉方の音の割れた訓示を脳みそまで届けているのは、この中で何人いるのか。確実に片手で数えられるほどしかないだろう。ほとんどはあくびを噛み殺し、真正面を見ながら思考は自分の中に籠もっているはずだ。
退屈で無駄な時間を過ごして、約一時間。式典が終わり退場してしまえばゆるい空気となる。人脈作りとばかりにこちらにすり寄ってくる他部署の上席を適当に躱しながら、警視庁に戻るために足を進める。
――その、最中。
本当に、ただ“視界に入った”というだけだ。
斉藤がいるよりも五メートルほど遠くに立つ、どこにでもいる、と言えるような男。
警察官の中でも背は高いほうで、周りより頭半分から一つ分ほど飛び出ていて。髪は短く意志の強そうな瞳。キャリア組ならば、自分より上でも下でもどこかしらで顔や存在は知れるものだから、確実にノンキャリア。いかにも現場人間という体躯の良さが、遠目でも判った。
視界に入っただけ、というには長い時間、斉藤の視線を奪っていて。それは、斉藤にとって好ましい容姿だったということがやはり一番だろう。
隣にいる同僚らしい男女と共に、雑談しながら斉藤のほうに近寄ってくる。
「先輩って、意外なことに遅刻ってないですよね」
「めんどくせえだろ」
「ああなるほど……」
低い声が斉藤の耳に届く。隣の男が先輩、というのと階級章で巡査部長ということが判った。
「矢島さん報告書のやり直しは多いのに、訓告はないですもんね」
「お前らなぁ」
男を挟むようにいる女がそう言って笑う。それに、ヤシマと呼ばれた真ん中にいる巡査部長が顔を歪めつつため息をつく。
ヤシマ。どのような漢字を書くのだろうか。そんなことを考える斉藤と、ヤシマの視線があった。
「――……」
一瞬の間、他の二人もこちらに気が付き、歩き様に敬礼される。視線があったから、というただそれだけの義務的な行動。こちらも返し、そのまますれ違う。
視線が合って、けれどそれだけ。男の目にはなんの感情も浮かんでいなかった。自分よりも上の階級がいたから敬礼しただけという態度は、すれ違った後の三人の会話でもしれた。
「いま、今の方すっごく格好良かったですね……!」
「美形ってああいうのいいんでしょうねぇ、ねえ先輩」
「喧嘩売ってんのか香川」
こちらに聞こえぬようにという配慮なのか、潜められた声はしかしこちらにきちんと届く。そのまま遠ざかっていく三人を、斉藤は振り返って見る。三人は、こちらを見ることなく、とくに真ん中にいる男は背中しか見えない。
筋肉がきちんとついているだろうという背中。日焼けしたうなじと、真っ黒の髪の毛。
「やしま」
聞こえぬよう小さく呼ぶ。
と、男がふとこちらに振り返った。流石に驚くが、相手も斉藤が見ていたことに驚いたようで、少し目を見開き、しかし軽く会釈だけですぐにその視線は逸らされた。
斉藤の声が聞こえたのか、偶然なのか。
どちらかは判らぬとも、しかしその出来事は斉藤の中に深く刻まれた。
始まりは偶然