朝涼

005:糸

 積極性と消極性が混じっていることを、自覚している。
 ほとんど勢いのままで動いて、動いた先で動けなくなって停滞し“動かない理由”をその場で探す──そんな面倒くさい自分の性格を、白石はちゃんと知っている。
 自分の性指向を理解してから、全てにおいて消極的になった。一歩を踏み出す怖さを知ってしまったために、動けない。けれど人間ずっと停止したままというのは不可能で、決断をしなければならない時は必ず来る。だからそんな時は考えるより前に動く、としてきたせいで現在の両極端な思考となった。
 それが、黒崎に「ホッジ君」と呼ばせる原因になっていることを、理解はしている。
 自分の中では繋がっているが、他人から見たら唐突さを感じるということも、判っている。……判っていてもどうにも出来ないのだけれど。

 そんな白石が、黒崎に触れたのは酒の勢いとしか言いようがない。
 次の日頭を抱えてしゃがみこんで、けれどそれを無しにすることなど出来なかった。たとえ一方的な感情であろうと、拒絶されなかったという幸運と、好きな人に触れて貰えるという幸福。それをどうして手放せようか。
 アルコールを体内にいれて、最初に動くのは必ず白石だ。
 触れると応えてくれる。ソファの上、黒崎に跨る白石をじっと見る黒い瞳と視線を合わせ続けることが出来ず、黒崎の肩口に顔を埋めて逃げる。

 少ない口数は、こういうこと、をする時更に減る。
 夜の帳の中二人分の熱だけをよすがにするには、あまりにも頼りない触れ合い。それでも触れている事実は白石にとって特別だ。
 名を呼ぶことも、キスをすることも、触れ合う以上のことも、出来ないけれど。

 触れ合いの後、気恥ずかしさから逃げるように風呂を借りて、出るともう黒崎は研究に没頭していることが常なのだが、今日は珍しく白石が部屋に戻ったら黒崎が読んでいた本から顔を上げた。
「白石君は、明日はバイトに行くのか?」
 それに少し動揺しながら、定位置に座ると、そんな伺いが来る。
「あ、はい」
「それなら、食べに行くからよろしく」
 それならがどこにつながる感情なのかを考えそうになって、必死に頭から追い出して代わりに頷く。
 結構な頻度で白石のバイト先で夕飯を食べている黒崎だが、最近は白石がバイトの時、いつもいる気がしている。
 ……いやいや、それ以外の時も通わはってるやろ。
 湧き上がった感情を落ち着けるように、自分で否定をして思考を冷却。
「お待ちしてます」
 自分の感情が出すぎているであろう営業スマイルを向けると、黒崎が白石の濡れた髪にゆっくりと触れた。こめかみの前にある髪を掬い、耳にかける。たったそれだけのことで、白石の心臓はどくどくと波打つのだから、その音が黒崎にバレなければいいと、本気で思った。
「バイトの時の髪、自分で結っているのか?」
「結ってるってほどでもないですよ。ゴムで簡単にまとめてるだけです」
「器用だな」
 そんなことはない、と答えるより先に、黒崎の指が耳元から離れていく。それを残念に思う気持ちを必死に隠して、黒崎との会話を続けた。白石だけでなく、黒崎もこの時間を楽しいと思ってくれているといいと、願いながら。

糸口を手放さない