朝涼

007:彩

 単純だと笑いたければ笑えばいい、と自分自身に言い訳をしながらの買い物。

 烟る吐息は白く、道行く人々は足早だ。
 赤と緑に金色。シャンシャンと鈴の音と定番BGMのオルゴールバージョン。去年までは、それらを避けるように、雑踏と一夜の出会いに身を置いた。
 三十も後半になれば、パートナーを積極的に作らないための理由付けなどいくらでも出来て、それを納得としていた。これからもう一生、自分はこうなのだろう、と。
 妹が結婚してその思いは強くなった。白いドレスを着て幸せそうに笑う妹を見て、それを喜ぶ両親を見て、良かった、と。
 ……これで長男(おれ)が結婚しなくとも、子を成さずとも、親もそこまで強く言わない、と。
 そんなことを考える自分自身に吐き気がして、けれど同時にどこまでも本音だったがために、前に進めなくなった。
 全てを諦めて、欲を解消出来ればそれでいい、と。神前で誓うことも、親や妹や親族に祝福されることも、公的に認められることも、神谷には不可能に近い。……少なくとも、この国では。親にカミングアウトして理解して貰い、海外で認められる──それを行うほどの相手はいないし、作るほどの気力も、もう神谷の中には無かった。
 だから、諦めて捨ててどうでもいいとして、金だけは困らぬように仕事をして、その合間に欲を解消する。もうずっとそんな生活──だった。
 ……過去形に出来る日が来るなんて、思ってもみなかったな。
 自虐にすらならない過去というのは、都合がよすぎる考えだろうか。そんなことを考えるくらいには浮かれている。
 事故のような、同時に規定事項のような始まりから、しかし曖昧さは許されず、若者のようにぶつかりけれどすれ違わずに距離を詰められ、観念するしかない実直さで追い詰められ、神谷は恋に落ちた。嵌った? どちらだろうか。判らないけれど、今となってはどちらでも同じことだ。
 不確定な未来のことを考えながら、けれどそれも含めて楽しもうと……老いらくの恋と言うには早いかもしれないけれど、神谷としてはそんな気持ちだ。最終的な結果がどうなろうと、神谷の恋愛は、今の関係が最後だろう。この関係で出来た気持ちを最期とするだろう。
 だから楽しもうと、浮かれている。

 ホームセンターに入り、カゴに放り込んでいくのは、今日の昼休みに調べたもの。見つけたレシピに書かれている道具を、片っ端から買っていく。足りないよりは使わないかもしれないと多く持っていたほうがいいだろう。
 道具が揃ったらそのまま地下の食料品売り場へ。そこでもレシピに書かれているものを買っていくと、かなりの大荷物になった。
 タクシーを捕まえてマンションに戻ったのは十九時頃。今から作れば間に合うだろう。
 クリスマスだから、ケーキ。神谷は甘いものはさほど好まないが、恋人──思うのもまだこそばゆい──が好きだから、作ってみるのもいいかと、ふと思い立ったのだ。作ったことはないけれど、レシピを見る限り混ぜて焼くだけだから、神谷でも出来るはずだ。
 どうせ奴はまだ帰らないだろうから、時間はある。
 タブレットを見えるところに置いて、人生で初めての菓子作りに取り掛かった。

彩られた世界