「黒崎さん、一六四四の素因数分解は」
「二×二×三×一三七」
「……ありがとうございます」
考えるより先に問いかけ、問いかけた後にしまったと後悔し、後悔を表に出すより先に回答が来た。
流石という速さで、正直頭の中どうなっているのだろうかと思うときがよくあるが、数学に関することは更に強く思う。頭の中に常に数字を持って生きているような人だ。だからこそ、博士課程まで進み、あと二年できっと修了することだろう。……その後は、どうするのだろう。なんとなくだが、黒崎が民間企業に就職するようには思えなくて、このまま助教になるのかもしれない。
黒崎先生、と考え。
……いやいや、何を想像しとるん。
自分自身にツッコミを入れて、脳裏に浮かんだ想像図を素早く消す。少しだけ自分の心のどこかに刺さったことだけは、自分だけの秘密だ。
脳みその一部でそんなことを考えながら、紙に計算式を書き連ねる。黒崎ほど頭がいいわけではないので、間違えるし詰まるし解法を見失うなんて、よくあること。いつでも聞いてくれていいとは言われているけれど、それでも、本当にどうにもならなくなった時以外は、黒崎を頼らないようにしている。それを目当てに一緒にいるわけではないのだし。
「……黒崎さんはなんで博士課程に進みはったんですか」
ふと、聞いてみたいと思って問いかけを口にすると、黒崎は顔を上げて白石を見た。
「何故というと」
「勉強や数学が好きってだけで、本当に決めていいんかな、と」
教授からは、好きも才能と言われてたし、一度は修士課程に進むことを願った。実家からもこちらは気にせずと有り難い後押しだってある。恵まれている環境だと、そう言える。だからこそ、考えてしまう。本当に好きだからやってみたい、で進んでもいいものか、と。
白石の問いに、黒崎はしばらく考える間を持ったあと、静かに口を開いた。
「俺はここしか道を開拓していなかったから、自然と」
「開拓……」
「小さい頃から数字が好きで、そればかりやってきて。つまりは、――世間知らずのままここにいる」
「世間知らずって」
黒崎の言い方に笑うと、白石に対して腕を伸ばしてこちらの髪を撫でていった。こうしたスキンシップはまだ少し慣れなくて身体が硬直してしまう。そんな白石を気にすることなく黒崎はこめかみから耳の後ろへと指を通してから続ける。
「迷うということは、やりたい気持ちがあるということだろう。なら、やりたい気持ちと後ろめたさ気持ち、自分の中でどんな比率なのか考えてみるといい」
「後ろめたい気持ちが多いのなら、やめたほうがええ……いうことですか」
「やりたい気持ちが多いのなら修士課程に進むといい、ということだよ」
マイナスに言う白石の言葉をプラスに変換し、ゼロへと戻した黒崎に対してゆっくりと頷く。
「ちゃんと考えてみます」
「決まる時は一瞬なんだから、それまでは悩むのに時間をかけたらいい」
黒崎らしい言い方に肩の力を抜いて笑うと、そんな白石を見た黒崎も微かに笑った。
夢の途中