一年に一度の降雪で交通機関が麻痺するのはお約束となっている関東。今年も、その予報が濃厚になってきていることは、天気予報と体感で感じられた。明日は雪、というニュースが繰り返しなされる中、それでも今の時間はただ寒いだけだ。
風呂からあがり、冷えたフローリングを歩くだけで、もう寒い。スリッパは用意されているが、今まで履くような生活をしてこなかったため、ついどこかに置き忘れてしまうことが多発している。今も、恐らくリビングに放置されたままだろう。
シンとした空気と気配。嫌な予感を持ちながら灯りが落とされたリビングを横目に、寝室へと足を踏み入れた。
「矢島」
同じ程の光量の寝室、その窓際から斉藤が呼ぶ。呼ばれた意味は、背後の景色を見てすぐに判った。
「うわ、降ってきたのかよ」
斉藤の横に並び、窓ガラスの向こう側を見る。鈍色の雲から落ちてくる白い結晶は、大粒で軽いのか少しの風で縦横無尽に空中を駆け巡りながら地上に落ちていく。サッシを開けると冷たい空気。ベランダに降りると、風呂で上げた体温が一気に奪われていった。
「さっみぃ!」
「なら開けるな」
叫ぶ矢島に斉藤は呆れた声を出しながらも、無理に窓を閉めないのは、矢島が抵抗すると判っているからだろう。代わりに踵を返しベッドから毛布を剥ぎ取って持ってきた。
「いや、邪魔」
「寒いんだから我慢しろ」
毛布だけでいいのに、矢島の背中と毛布の間にでかい男が挟まっていて、腕が矢島の腹の前で組まれる。
動きづらいと思いながらも屋根の下から腕を出すと、掌に触れる結晶。それは、体温ですぐに融解されてしまう。地上を見ると落ちていく結晶の白さはあっても、地面はまだどこも白くなっていない。
「積もるよなー、これ、この勢いだと」
積もれば交通機関が麻痺する。麻痺したら通報が増える。通報が増えることを見越して招集される。
つまりは、
「休日出勤お疲れ巡査部長」
「管理官明日暇だろ一緒に交通整備いかがっすか」
「現場の邪魔になるからやめておく」
「……何年前のこと根に持ってんだてめぇ」
背後の男が課長時代に言った記憶があることを掘り返されて、げんなりと突っ込む。怒っているわけではなく、矢島をからかうためだけに言っていることが判っているため、深追いしたら負けだ。
斉藤は軽く笑いながら、矢島のうなじに口付け、まだ少し湿った髪に触れる。
「夜中に電話来ませんように……」
「……この分なら朝まで来ないだろ」
夜中に叩き起こされるのは勘弁とばかりに本気で祈ると、上席の立場を知っている斉藤がそんな予測を立てる。
招集がかかったら拒否権などないが、やはり人間だ、少しでも寝ていたいし、遅いほうがいい。
「おい、寒ぃんだから手入れんな」
「うるさい」
不埒な掌が、シャツをめくって矢島の肌に触れた。たった一枚の布があるかないかで体感温度は全然違う。寒さに肌を粟立たせると、斉藤の掌がゆっくりと撫でていった。耳の後ろやうなじに口付けられながら、胸から臍へかけて指が這う。その手首を掴んで止め、振り返って背後の男を睨みつけた。
「変態」
「褒め言葉だな」
「……っ」
寒いのに熱い。
乳首を潰される感覚に背中を反らすと、隙間に冷たい空気が入り込む感覚に息を詰めた。毎回弄られるせいで、触れられるとどうしたって気持ちがいい。だが、このままここでなんて冗談じゃない。寒空で、しかも外なんてどれだけ歪んだ嗜好なのかと思いながら、強引に身体を反転させた。
斉藤の肩から毛布が落ちるのを気にせず、腕を回して男の唇を奪い、雪を溶かしそうな赤銅を間近に囁いた。
「中で、いいだろ」
たったそれだけで機嫌を良くする男は、落ちた毛布を掴み矢島の指を捕まえて室内へと誘った。
甘ったるい空気なんて柄でもないのに抵抗することが出来ない。
斉藤に誘導されるまま、音が減った世界と室内を区切るガラスを、矢島はゆっくりと閉ざした。
雪夜