朝涼

019:氷

 気付いたら、松田よりも上にいた存在。それが、加藤貴博という同期だった。

 面接の時から、松田はずっと営業職を希望していた。入行し、研修が終わった後のヒアリングでもその気持ちは変わらなかったし、その後様々な部署を巡っている間でもやはり変わらなかった。
 口は回るし、経営戦略を組み立てるのが得意。人当たりのいい笑顔だって浮かべられるし、気難しい経営者を手玉に取るような話術だって出来るし、女性にモテる容姿もしている。営業は天職だと、松田は思っている。
 思っているし、疑っていないし、同期の中で自分は一番だと、そう自負していた。
 ――過去形だ。
 M&Aを経て営業二部に配属されて半年。
 毎月出る営業成績は部毎だが、他部署のものも確認出来る。案件の規模や期間が当然それぞれ違うのだから一律の成績にならないことは理解した上で、自分の成績と比べる。
 そうすると、明らかに松田より上の成績の奴がいるのだ。
 先輩上司で、松田がまだ受け持てないような案件ならば納得も出来るが、そいつは松田と同期……ということは、調べた後に知ったのだが、つまりは立場は同じ。
 加藤って誰だよ、と本気で思い、調べたらあの加藤製薬の御曹司。なんでそんな奴がここにいるのか、しかも松田よりも良成績を残しているのか! とその日はやけ酒をして次の日が大変だった。
「加藤くん、クールで格好いいの!」
 とは、同期の女性陣の言葉。
 松田は全く気付いてなかったが――野郎に興味は一欠片もない――どうやら、入行時から注目されていたらしい。加藤某は。だが、人付き合いをせず、誰に対してもぶっきらぼう。女性陣にはそれがウケていて男連中には疎まれている、と、というのを一つ前の彼女から聞いた。そんな元彼女は現在加藤にアタックをかけているらしいという情報は記憶から消したい事実だ。
 全然、全くもって、こんな奴がいることに気付いていなかった。
 同期の中では松田が一番優秀だと自負していたというのに。容姿も成績も何もかもが完璧で、人に嫉妬して足を引っ張ろうとする馬鹿どもなど蹴散らして、松田が一番に出世するのだ、と。

 ……何が一番ムカつくって。
「先輩でしたっけ?」
 と疑問した加藤は、煽りでもなんでもなく、素だった。つまり加藤は、松田のことを認識していなかった。意識していたのは松田だけだと突きつけられて正常心で居られようか。この日もやけ酒をしてが次の日休みだったのでセーフ。アウト。どっちだ。
 しかし、接点というには薄い邂逅だったが、それともそういう時期だったのかは不明だが、それから加藤が度々松田の前に現れるようになった。
「また振られたのか?」
「ちっげーわ、あの子以上にいい子がいるかもしれないから別れただけだ!」
「言い訳もうちょっと考えろよ」
 だの、
「松田ってなんで男に当たりきついんだ?」
「野郎に愛想良くしても俺に利益になんねーから。仕事出来るやつならまあ使い所あるけど」
「もうちょっと性格悪いの隠すってことしろよ」
 だの、
「ほんと合コン好きだな。すぐに振られるくせに」
「世の中金と女と名誉もってなくて生きてる意味ねえだろ」
「そこまで言い切れるのは凄いな」
 だのと、残業中にやってきては松田の邪魔をしてくる。何度邪魔だと言ったところで聞き入れず、隣に座って帰宅せずにいるのだ。
「帰んねえなら仕事しろよ。つーか俺の邪魔すんな」
「毎日残業したって意味ないだろ。……実は松田って効率悪いのか?」
「あ゛!? んなわけねえだろ。二部のエースは仕事がいくらでもあんだよ。てめえと違って!」
 加藤と話していると苛立ちしかない。まるで松田を下に見るような発言をしてくることも、松田より残業時間が少ないにも関わらず成績が上であることも。
 存在の何もかも、本来ならば視界にいれたくない。
 他の同期の野郎は松田が何度か嫌味と事実を指摘してやれば、敵愾心を持ちながらも近寄ってこなくなるというのに、加藤は全く堪えた様子もなく数日置きに現れるのだ。
 昼飯行こうぜだの、飲みに行こうぜだの、何なのか。
 邪魔だと言っても聞かず、うざいと遠ざけようとしても近寄ってくる。
 毎日苛々する松田を、加藤は全く気にせずにいることがさらにムカつく。

 何故、加藤がこうも松田にちょっかいをかけてくるのか。
 その理由を知ったのは、年度が変わってすぐのことだった。

氷炭相容れず

性質が正反対で互いに一致しないこと