彼女の笑顔を見て、彼女が加藤に心を開いていることなど、判らないはずもなかった。
先輩と後輩、関係としてはそれだけ。真面目な彼女は仕事中にその一線を超えることなどきっとなくて、けれどもし、もしも例えば仕事の終わりに食事に、その流れで告白、という可能性が有り得ないわけではない。
加藤が、それに応えることはない――と、そう思えることは、上から目線だろうか、傲慢だろうか。
松田との行為を中断してでも、電話対応をする。もちろん、無視するなど営業として許しがたく、けれど同時にこちらを優先しないことに若干の苛立ちも持つという矛盾。こんな感情、今まで誰にも抱いたことはなく、むしろされる方だったはずなのに。
こちらに背を向け、電波の向こう側と会話をする加藤を睨みつけても、加藤はこちらを見ない。
ムカつくのは、自分自身か加藤にか。
判らないまま背中を睨みつけていると、電話を終えて振り向いた加藤と視線が合いそうになり、とっさに顔をそむけた。
「松田?」
「お前、榎本さんにだけちょっと違うよな」
目をそらしたままでいると、加藤の声が落ちてくると、言うつもりなどなかった言葉が喉から出る。
電話を優先しようと、例え彼女が加藤とプライベートを過ごしたいと思おうと、加藤はこちらを選ぶ。そう思ってしまう優越感は醜悪で、同時に松田のなかにあるはずのないものを思い気分が悪い。
……こんなの、まるでアレみたいだ。
ひとつの単語が浮かびかけて、それを必死に消す松田の耳に届く声。
「それって焼きもち?」
「ハァ!? んな訳ねえだろバカッ」
たった今、必死に消そうとしていた単語を口にされ、反射的に否定した松田だが、加藤はまったくこっちのことを無視して、上機嫌にのしかかってくる。
珍しい加藤の笑顔と、言われる言葉の酷さのギャップに怒りと呆れが同時にやってくる。鎖で繋ぐってなんだ、AVの見すぎだろうこのバカ。
彼女に対しての優越感を肯定されるなんてこと、判っていたから態度に出した時点で詰みだと、今更気がついたところで遅い。どの選択肢、どんな態度を取ろうと加藤は好きに取るし、それを否定することすら加藤を喜ばせるだけだ。
焼きもち、嫉妬というものを、見せた時点で松田はどうあっても、負ける。
くそ、と内心悪態をつくが、上機嫌の加藤を言い負かす言葉が出てこない。
「一生大切にします」
なんて、ありきたりプロポーズ。それでも、加藤の中ではまともな方の言葉だということを、松田は知っている。
そして、今の加藤の頭の中には松田のことしかなく、すでに彼女の電話のことなど頭の隅に追いやられていることも、判っている。知っている。理解している。……理解出来てしまう。
優越感。なんて酷い態度だろう。
加藤の全てが嫌いで、一秒だって一緒にいたくないし、好きになる要素はどこにもない。本心からそう思っていると同時にある、第三者に対する優越感。加藤が松田しか見ていないこと、プロポーズの言葉を初め加藤が今ここにいることを喜ぶ自分がいる。
自分の中の相反する感情は、しかし今現在においては喜びのほうが強くて、加藤を突っぱねることが出来なかった。
澱を祓われる