目配せひとつで、意味を理解出来るようになってしまったその事に思うことはある。業務ではなく、プライベートの時間となるのだから、斉藤に従う謂れなど本来はない。
ではなぜ自分は、毎日律儀にここに足を踏み入れているのだろうか。
あの日、あの夜。今まで疲れなんて一欠片も見せなかった男が、矢島の前で見せた姿。それに絆されたのか、魔が差したのか、それとも別の理由なのか。自分のことなのに答えが判らない。
流されているわけではないけれど、自ら欲しているわけでもない。
では何だと言われると答えは見つからない。
誘われるわけでもなく、連れ込まれるわけでもなく、自ら開ける扉の向こう側。
日の落ちた時間、室内灯を付けなくとも外灯の明かりで真っ暗になることはない。それでも廊下との差にいつも少しだけ目を細める。
無言で扉を閉めて、鍵をかける矢島に部屋の主は何も言わない。ただ、ここからいつも動けなくなる矢島を迎えに来て、そこからは強引に腕を掴んで来る。
性欲などなさそうなキレイな顔をしておきながら、正反対の熱さで矢島を見る。そのことに慣れない。目をそらそうとすると顎を掴まれ、重ねられる。
受動的ではなく、さりとて自主的とも言い難い。
判らない、という感情をそのままにする矢島に、斉藤は何も言わない。
言葉はないのに、毎日矢島をこうしてこの部屋に連れ込み、矢島を征服してくる。
こちらに一歩踏み込んできた斉藤を拒否せず、むしろ一歩近付いたのは矢島だ。その記憶があるから、今更逃げ出すことを是と出来ない。斉藤はそれを見越しているのか、他の思惑があるのかは知らないが、逃さないくせに言葉がない。それ故矢島も自分自身で考えるしかなくなっている。
あの日、あの夜。
――頭に浮かんだ思いは、なんだったのだろうか。
酷く曖昧で、形になっていないものは、考えようとすればするほど形にならず霧散していく。
男に抱かれるなんて、死んでも御免だと思っていたことを、今、受け入れているその現実。
触れられる指先、唇や舌。視線の強さ。穿たれる熱に翻弄されている事実。
否定は意味をなさない時間帯。
矢島が知っている名のある関係に落とし込めない何かを、どうしたらいいのかと戸惑っているのを見透かすように、斉藤はこちらの身体を揺さぶって散らす。
考えるなと言われているようで、考えろと視線が伝えてくる。
判らないから動けない。
その気持ちのまま受け入れる矢島の身体に、斉藤は毎夜自分自身を刻みつけてくる。いや、こうされるから動けなくなっているのだろうか。そらすらも、今の自分には判らない。
考えているようで考えていない。そして斉藤は、それを許容している。
しかし、許容しながら逃さないのは、一時の関係にするつもりがないからだというくらいは、判る。
斉藤から提示された気持ちを、受け止められない矢島を、逃さない。
毎夜刻まれる熱がそれを証明してくる。
判るのはそれだけ。
それは判るのに、自分自身についてはさっぱり判らない。
くそ、と悪態をつく先は自分自身。
それすら与えられる熱に流されてしまう。
毎日毎夜こうで、答えが見えない。ゴールが判らない。
その揺らぎを許すということは、斉藤から与えられる甘やかしだと気がついたのは、十日が経った後だった。
それを突っぱねることも出来ずにさらに三日。
もうここまで来たら意地なのか何なのか。判らぬまま、今日もここにいる。
終業後の不明な関係