朝涼

034:鎖

 抵抗しきれないのは加藤の声があまりにも真剣で、それに驚いたからだ。
 的外れでも、マトモじゃなくても、こいつはいつも真剣に言葉を重ねていることくらい、判っている。理解しているから真正面から受け止められない。
「…………」
 顔を背けるが、そのまま首筋に口付けられ身体を竦ませた。ちゅう、と音を立てて吸われ抵抗するが、ソファに押し付けてくる身体は重たく、中途半端な体勢では逃げられない。
 ずるずるとソファに寝そべる形になっていくのはまずい。このままここでヤられるのは嫌だというのに、伸し掛かってくる男は首筋を舐めながら、掌をシャツの中に入れてきた。アルコールが入って少しだけ汗をかいている素肌を、同じように熱い掌が触れていく。
「かと、……や、め」
 加藤の身体を押しのけようと肩を掴んで押すが、肌を直接触れられているせいで気持ちよさが上がってくる。
 指先で腹を軽く引っ掻かれ、ひくりと腰が浮いた。
「あ……ぁ、あ」
 じわじわと侵食されていく恐怖は、何度体験しようと慣れやしない。嫌だ、と首を振っても加藤はやめてはくれなかった。
「松田」
 額を合わせ、間近で加藤が顔を覗き込んでくる。その顔が歪んでいるのは、松田の目に涙が浮かんでいるからだ。その目尻に口付けられると溜まった水が流れ落ちる。それを追いかけるように加藤の唇が降りてきて、唇を覆われた。
 どうしてこんなに、加藤に触れられること何もかもが気持ち良いのか。
 いつも判らないままぐずぐずになって、取り返しがつかない。
 拒絶だって形だけのもので、全力で押しのけなければ逃れられない。
「ん、ん……」
 絡められた舌を吸って、逃げを打てば追ってくる。泡立つ唾液が顎を伝っていく感触を嫌い顔を背けると、舐め取られた。
「好きだよ松田。……好きだ」
 腕の中に囲って加藤が口にする言葉。
 宝物を隠すように、誰にも取られないように必死になる子供のように、けれどそれだけ真剣で、必死に。
 ……うわ。
 触れた胸元から伝わってくる心音はドコドコとやかましくて、いつもの冷静さがどこにもない。誤魔化すことせず曝け出してくること、その事実に何も言えなくなる。
「言葉だけじゃどれだけ言っても足りない。だから、触りたい」
「……っ」
 掌が、下腹部に触れそのまま下着の中に入ってくる。熱い掌がまだ反応の緩いものを握り、ゆっくりと擦った。たったそれだけで頭が沸騰する。気持ちがいい、もっと触れて欲しい、と。
「は、ぁ、……かと」
 囲われているせいで酸素が足りない。けれど加藤は松田を離すつもりがないのか、下腹部にある掌以外動かさない。
「……は」
 ここは嫌だ、となんとか突っぱねようと息を吸った直後、つけっぱなしのテレビが突然の大音量。びくりと身体を震わせると、加藤は同じようにびっくりして身体を離した。
 テレビを見るとお笑い芸人のCMが流れていた。今までが耳に入らない静かな音楽や声だったから、なおさら過剰反応となったのだろうが、原因が判ると恥ずかしくなる。
 加藤が無言でテレビを消すと、部屋に静寂が訪れた。
 このままだとここで好き勝手される。けれど下半身は握られたままで下手に抵抗出来ない。だが、このままというのは阻止したい。
 考えるのは、数秒。
 身体を寄せてきた加藤の首に腕を回し、自ら近付いて服の上から鎖骨に噛み付いた。本当は首を噛んでやろうと思ったのだが、微妙に距離が足りなかったのだ。
 シャツに歯型が付き、骨の感触がしっかり感じられるほど強く噛むと、加藤が痛みで身体を硬直させた。
「ここじゃ、嫌だ」
「……口で言えよ」
「言っても止まらねえだろてめえ」
 ぐいと身体を押すと、加藤は大人しく起き上がった。
 飲み食いしたものが散乱するテーブルの上を片付ける気力は生まれず、ソファから足をおろしながら息を吐く。
「片付け、全部お前な」
「え? あ、わかった……?」
 加藤の顔を見ることが出来ずに発する言葉に、気の抜けた返事が返ってきて、思わずそちらを見て笑ってしまう。つい先程まであった必死さはどこにもなくて、少しだけほっとする自分を自覚しながら立ち上がり、向かう先はすぐ隣。
「松田」
 ぼす、とうつ伏せで寝転がると、すぐに真上に気配。
 伸し掛かってくる重さを拒絶せず受け止めると、加藤が嬉しそうに笑ったのが判った。

鎖骨を噛む