朝涼

035:忌

 ――さて、何故自分はここにいるのだろうか。
 コーヒーを飲みながら思うのはそんなこと。目の前にいるのが白石ならば楽しい時間とも言えるが、名も知らぬ青年となるとそうもいかない。
 大学から少しだけ離れた、昔ながらの喫茶店は、冷房が強くて肌寒い。世の中の禁煙ブームに逆らうかのように店全体が喫煙可で、離れた席のどこでもみな喫煙しており、恐らく喫煙者コミュニティによってこの場所の情報が広がっているのだろうことが判った。だから、年齢層が様々なのだろう。大学生から壮年、更には中年まで男女問わずいる。
「あの……」
 客層を観察する黒崎の耳に届く声。横を向いていた視線を真正面に戻すと、相手もこちらを見ていた。
 姿は、見たことが有る。
 白石の兄が倒れた、と連絡を受けた時に一緒にいた青年。名前は知らない。ただ数秒の邂逅で、この青年が自分に対して何かしら思うところがあるということは判ったという、それだけの関係。
「突然すみません。あなたに、聞きたいことがあって」
「……」
 聞きたいこと。
 この青年と自分を繋ぐのは、一人の青年しかいない。だから彼のことだろうということは判る。では、彼の何のことだろうか。
 まず、青年と彼の関係について。あの一度見た光景から友人という印象は抱かなかった。研究室から出てきた他の男女は友人だろうが、その彼らとも一線を引いていたように見えた。ということは彼より年下、後輩である可能性が高い。三年か、二年か。
 後輩。……あの視線は、そうじゃなかった。
 人の感情の機微に疎い自覚はあるが、そんな自分でも判るほどまっすぐに向けられたもの。

「白石君のことなら、話す義務も義理もない」
 
 この青年は、彼のことを好いていて、黒崎のことを疎んでいる。
 明確な敵意ではないけれど、負の感情があることくらいは判る。
 それがどこから来ている感情なのかも、今ならば判る。
 判るからこそ、全てを拒絶した。

 そんな黒崎に、青年は驚いた後視線を下げた。沈黙は答えだ。故に、これ以上向かい合っている意味などないと、財布を出す。
「……――四月……」
「……え?」
 口にされた日付に覚えがあり手を止めると、青年も顔をあげて黒崎を見た。
「なるほど」
 じっと黒崎を見た青年は、顔に苦悩を浮かべてそう呟いた。その意味は判らなかったけれど、黒崎が知らぬ何かなのだろう。
 それを問う資格は黒崎にはない。だから、財布から千円札を一枚出し机に置きながら立ち上がった。
「諦めません」
 こちらを見た上での言葉だが、少しだけ怯えているようにも見えたのは気の所為だろうか。
 そんな、読めもしない他人の感情が見えたフリをしながら、口を開く。
「それは君の感情で、俺には関係のないことだ」
 青年を認めるということは、彼への思いを黒崎が認めるということ。それを許さぬ拒絶に、視界の隅にある青年の顔が歪んだ気がしたが、殆どすれ違っていたため気の所為だったかもしれない。そんなことを考えながら、一人喫茶店を出た。

遠慮しないでいうこと