「梶さーん」
「終わったんだからさっさと仕事戻れ」
席に戻るより、会議室のほうが仕事は捗ると、時間いっぱいここで仕事をしようとタブレットを広げたままでいる梶の横に座る松田を見ずにそう言った。
会議中からずっと、こちらを見て好奇心を隠そうとしていなかったため、いくら梶とて気がつく。
……面倒くせえ。
ため息を付いて後悔したところで、すでに時すでに遅し。目をキラキラさせて梶を見ている。
「そのネクタイ! 梶さんのセンスじゃ絶対選ばないやつ」
「…………」
「最近ずっと身綺麗にしているし、会社で徹夜してないし、飲みにも来なくなりましたし」
松田の嬉々とした声をBGMに仕事を進める。左から右に流すのは慣れで、何時ものことだ。こちらを覗き込もうとする男の顔を押しやりながらメールを読み進めた。
……こいつ、部下だった時よりも遠慮なくなってねえか。
普通、距離ができるものだというのに、松田は逆でとても邪魔くさい。
「これはもう、彼女が出来たってことでしょ。梶さん、どんな女ですか?」
「――、」
メールに集中していたため、うっかり女じゃねえと言いかけ、音になる前に気がついて口を閉ざした。自ら餌を与えてどうする。
「前が美人なCAってなると、今度は女医とかだったり」
本当に、これっぽちも梶の相手に気がついていない松田の言葉に呆れがくる。自分は男に迫られているのに、そこが選択肢に入らないのは、松田の中で男同士という関係が特殊枠だからだろう。元々が女好きというのもあるのだろうが。
神谷はこういう無意識の偏見に晒されてきたということだ。
なるほどと当事者の一端になって思うのは、どこにも吐き出せない苛立ちが腹の中に積もるということだ。勝手に神谷のことを言うのは違う。嘘をつくのは自身を重くする。配慮なのか、防御なのか判らぬことを考えなければならないのだ、と。
全ては言わないし、言うつもりはないけれど。
せめてと言葉を選んで口を開く。
「この間お前がネクタイのこと言ってきただろ。だから神谷に見繕ってもらっただけだ」
嘘ではないけれど、全てを語っていない、そんな中途半端な情報を松田に渡せば、松田は身体を戻した。
残念という空気を隠しもせずため息をつく。
「なーんだ、神谷次長かぁ。けど、次長のセンスって言われてみればっぽいですね」
「なんだぽいって」
「スタイリッシュ」
ネクタイというよりも、服装にこだわりがない梶にはさっぱり判らない感性を、松田は大真面目に断言する。
「梶さんももうちょっと見てくれ気にしてくださいよ。元は悪くないんだし」
「どうでもいい」
客先に出る時、不快にならないように見えればそれで社会人として合格ラインだろうし、それ以上かける意味が判らないと一刀両断し、タブレットを持って立ち上がった。
「いい加減仕事戻れ」
「はーい」
ネクタイの出処が判ったからだろう、素直に立ち上がる元部下に息を吐きながら、梶も会議室を後にした。
みえみえの魂胆