朝涼

038:咎

 ……俺、このまま帰ったほうがいいんじゃないか?
 そう思いながら、少し離れた片桐をじっと見る。
 トイレに行って帰ってきたら片桐の隣に女性が座っていた。時間にして五分もかかっていないのだから、元々目をつけられていたのだろう。
 二人で飲みに行くとたまに見られる光景は、たまにであっても見かけるから見慣れてしまった。
 女性にモテる片桐は、それはもう日常のことだ。未だに会社でも目をハートにする女性は見かけるのだし、共に外訪を行えば毎度のこと。嫉妬する気もおきない。
 片桐は、そういうのがうざったく感じる時は飲みに行く先をおっさんしかいない高架下の小さな居酒屋や、飲み屋街の女性が入りにくい場所を指定する。今日はそうではなかったから、こうなることは少しだけ予感していた。

 華やかなメイクに、手入れされている指先。艷やかな髪とシンプルなアクセサリー。片桐の隣にいてもなんの違和感もなく、周りから恋人同士だと、思われそうな二人の姿。
 片桐は長谷川に背を向けるようにしているからどんな表情をしているのか判らないが、女性に対しては愛想がいいから、笑顔で接しているだろう。声は聞こえないけれど、女性が笑顔で相槌をうったりしていることから、会話が弾んでいることは判った。

「――……」
 息を吸って踵を返す。今、確実に酷い顔をしているだろうから、こんな状態で片桐の傍には寄れない。
 トイレに戻ると、ちょうど誰もいなかった。それにほっとして洗面台で顔を洗う。
 鏡に映った姿は、どこにでもいる草臥れたサラリーマン。
 色々と覚悟を決めたけれど、それでも時折ふとよぎる現実。そこから目を背けている限り、この感情はずっと長谷川の中にあるものなのだろう。
 片桐を疑うわけではないけれど、元々下半身が緩くて倫理観が崩れているようなやつだ。それを判った上で今の関係を受け入れたけれど、いつ長谷川が捨てられるかは片桐の気まぐれ、だとも思っている。
 片桐だしなぁ、と諦めが入っているのは、長谷川が卑屈なためじゃない。ヤツの普段の行いのせいだ、絶対に。
 いつもこんなことを考えているわけではないし、片桐を信じていないわけではない。けれど、こんな思いがあるということは、信じていないと同義なのだろうかと自問自答することはある。
「あー、もう」
 酒のせいで思考がとっちらかっている。片桐の元に戻る前になんとか戻さないと。店員に水を貰おうかと、鏡を見ながら考えていると、扉が開いて鏡にひょいと片桐の姿が映った。
「ここにいた。なかなか戻ってこないのでどうしたのかと思いましたよ」
「あ、悪い……。酔いが回ったから、ちょっと休んでた」
 中に入ってきた片桐の両腕には、二人分のスーツの上着。それと、長谷川が置きっぱなしにしていたスマホが握られていた。
「悪い、スマホ忘れてた」
「忘れていったから結構酔ってるなぁって思ってました」
 スマホを受け取りポケットに仕舞った後上着を受け取る。
「もういい時間ですし、帰りましょうか」
「……そうだな」
 さっきの女性はいいのか、という言葉を飲み込み、頷く。
 何も変わらない片桐に、わざわざ聞くことは出来なくて波打った心を無理矢理沈めることしか出来なかった。