朝涼

040:獄

 本、資料、コピー用紙、ミスプリント、紙、紙、紙……。
 ペーパーレスなど関係ないとばかりのよく燃えそうな部屋の中心で、ひたすらキーボードを叩いている黒崎の姿。白石が入ってきたことにも気付いていない。
 流石の集中力、と思うのと同時に、今朝白石が起きた時から姿勢がほぼ変わってないように見えるのは気の所為だろうか。いや、確実に気の所為じゃない。
 起きて大学に行ってバイトに勤しみ、現在は日付が変わる直前。
 机の上に置いておいた朝食は食べた形跡があるが、冷蔵庫に入れておいた弁当は手つかずで冷やされたままなのを確認。
 ドアを閉め、さてとそのまま思案。いくら冷蔵庫の中に入っていたとはいえ、弁当をチンして食べてもらうのは忍びない。冷凍うどんがあるから、かきたまうどんにしようか。作り置きのほうれん草のおひたしがあるからそれと、かまぼこを乗せて。
 よしと頷き、もう一度冷蔵庫を開けて水のペットボトルを取り出し、コップに注いでから踵を返した。
 黒崎は、すぐ横に白石が近付いても気付かない。
 ――邪魔に思ったことはない、という黒崎の言葉を信じてディスプレイから黒崎の視界を塞ぐように掌を差し入れた。
「――……」
「黒崎さん、今日全然動かはれてないでしょ。お風呂入ってきてください」
「……」
 ゆっくりと顔を上げる黒崎と視線を合わせながら用件を言えば、黒崎は夢から覚めたかのように目を瞬かせた。
「……、白石君」
「はい」
 明らかに枯れている喉。コップを差し出すと、素直に受け取り一気に飲み干す。
「今、何時」
「二十三時五十二分ですね」
「……何日の」
「俺が家を出てから十六時間です」
「――……ありがとう」
 邪魔じゃないと言われていても、集中しているところを無理矢理中断させたのは事実なのだ。疎まれたらどうしようかと腹の奥がひやりとすることは止められなかったため、礼を言われてほっとした。
 ぐ、とひとつ伸びをした黒崎は、朝見た時よりも草臥れていた。
 今までもこうやって、ひとり引きこもって研究と論文に没頭していたのだろう。けれどそれは身体に悪いことも事実。せめて、食べて時折動かないと。
「俺はすぐに周りが見えなくなるから、白石君がいてくれてよかった」
「前みたいに倒れんといてくださいね」
「……努力はする」
 黒崎の返答に一抹の不安を抱きながらも、今は目の前のことと、風呂に追いやった。

絵図未遂