「何か悩んでますね」
部屋に戻ってスーツの上着を脱いだ長谷川に唐突にかけられた声。断定系で疑問ではない。
家主よりも先にソファに腰を落として長谷川を見上げる片桐は、確信を持った顔をしている。
「悩んではない」
「じゃあ不満顔って言いましょうか」
「……」
片桐が、ソファを叩いて促してくる。少しだけ躊躇ってから隣に腰掛ける。
あえて違和感を感じさせない程度に、いつもより距離を取って座ったのに、片桐はそれに気付いているのかいないのか、距離を詰めるように長谷川の顔に触れた。
少し高めの体温が、長谷川の肌にじわじわと馴染むのを感じる。触れられること自体は慣れてきている自分を、こんな時に自覚する。
「……なんか嬉しそうじゃないか?」
明らかに機嫌が良いという雰囲気を隠さない片桐を見て、違和感を覚えた。薄く笑い、長谷川の頬を撫でるだけの片桐と視線を合わせ続け、唐突に気が付いた。
「お前、わざとか!?」
「最初は本当に偶然でしたよ? 流石に俺だって、あのタイミングで声かけられるとは思いませんって」
ただ、
「場所が悪くて、直幸さんの顔見れなかったのが残念だったんで、今堪能してます」
「……」
トイレに通じる廊下は片桐の背中側だった。故に、戻った時には気付かれていないものだと思っていたのだが、どうやらそうではなかったらしい。
「嫉妬と独占欲って、同じ感情から出来てますよね」
片桐はそう言って、ただ長谷川の頬を撫でる。
「念の為言っておきますけど、何もなかったですからね」
「わざとな時点で有り得ねえだろ」
「だって直幸さん、最近そういうの出してくれないし」
「生憎と俺はお前みたいに図太くないんだよ」
会社では相変わらずで、外を歩けば注目の的。芸能人じゃないんですか? なんて、声をかけてきた人に言われるのはいつもの事。そんな男相手に反応していたら、身も心も持たない。
「打ち止めだって、言ったでしょ」
顔をのぞきこんでくる片桐の顔に嘘はない。
そんなこと判っていると言えたらいいのに、今の長谷川にはそれが出来ない。
「――……」
「直幸さん?」
「前科が多すぎる……」
これは本音だからか、するりと喉を通ってきた。言えない言葉は腹の中で重いのに、他のことは口にすることが出来る、そんな自分に少しの嫌悪を感じた。
「信用ポイントどうやったら増えます?」
視線を落とした長谷川をどう見たのか、少しだけ軽い口調で片桐がそんなことを言いながら口付けてきた。
その近い距離は嫌いではないけれど、今このタイミングではないだろうとも思って反応出来ない。
「本当に頑固だなぁ」
またも何も言えない長谷川に、片桐は笑ってもう一度口付けてくる。その手馴れた態度が今は若干イラッとして唇を固くすると、無遠慮に股間を撫でられてびくりと身体を震わせた。
「うっ、ぁ」
意識がそちらに向いた一瞬で、するりと入り込んでくる舌先の器用さ。ちくしょうと思いながらも咥内を好きに嬲られると、気持ち良さから頭がぼんやりとしてくる。誤魔化されるものかと頑なになる感情と、わだかまっていた気持ちが解けていく感覚。
相反するものをどうしていいか判らない長谷川は、抵抗も出来ずに片桐の舌を受け入れる。
「嫉妬されるのは大歓迎ですが、不安にさせるのはスキンシップが足りてないってことですよね」
「おい、触るなって」
スラックスの上から、片桐は形をなぞるように指を這わせる。勃たないが、感覚は当然あるのだ。触られるとびっくりする。
「気持ち良くてストレスも発散になるなんて、いい事だらけですね」
「こ、こら、片桐っ」
「はいはい」
「適当に返事するなバカ!」
ソファに押し倒されて、上から見下ろされて。
それでも抵抗しきれないのは、片桐の言う通り言葉でも体温でも、スキンシップで絆されている箇所があるせいだ。
くそ、と思いながら眼前の顔のいい男を睨みつけるが、その顔にキスをされてやはり抵抗は出来なかった。
徒し心は過去のもの?