朝涼

046:沁

 ここに来ることには慣れてきたし、抱かれることにも不本意ながら慣れてきている。だが、玄関で押し倒されることだけは、慣れない。
「マテを覚えろっつってんだろ!」
「うるさい」
 首を締め上げられながら足を掬われ、肘でみぞおちを押さえつけられながら床に押し付けられる。矢島に出来るのはとっさに受け身をとることだけだ。
「――まてっ!」
 足の付根を膝で押さえつけられると同時、斉藤が矢島のシャツに手をかけ左右に開く。ブチブチとボタンが弾け飛ぶのが視界と聴覚から判った。
 ……こ、の!
 掌底で斉藤の鼻下を狙うが、その手首を掴まれ横に無理矢理開かされる。次の抵抗をするより先に、斉藤が体重をかけ矢島の身体を抑え込みながら首筋に噛み付いてきた。
「っ、ぅ」
 下手に動いたら頸動脈を食いちぎられるのではないか、という恐怖が矢島の身を竦ませた。斉藤がその隙を見逃すはずもなく、掌を下着の上から胸に這わせる。乳首を布ごと摘まれ潰されると、疼痛が生まれる。親指の腹で撫でられ、弾かれると勝手に膨れていくそこが恥ずかしい。
「……っ、……」
 声を出さぬようにと唇を噛んで、更に拳で押さえる。斉藤は抵抗の薄くなった矢島を感じ取ったのか、歯型のついた首筋を舐めながら上半身を起こして、ベルトに手をかけスラックスを下着ごと下ろす。途中邪魔になった革靴も斉藤の手によって両足とも抜かれ放り投げられた。
 玄関の天井なんて、本来ほとんど見ることがない。自分のアパートのものなんてどうなっているのか記憶にないというのに、ここの天井の柄と、見上げる視界が慣れてしまっている現実にげんなりする。
 何故あと数メートル我慢出来ないのか。
 自問する矢島に気付くことなく、斉藤はまだ萎えたままの矢島の陰茎を掴み育てていく。幹を擦り、先端からくびれを指先で何度も撫でられ、腰が浮く。
 斉藤は、矢島が抵抗するとそれ以上の力で抑え込んでくるが、抵抗しなければ酷いことはされない。それが判ってはいるものの、色々と強引すぎて反射的に抵抗してしまうのだ。
「っあ、つよ……ッ」
 あっという間に育てられた陰茎は、ぐちぐちと音を立てるように攻められすぐに精を吐き出した。数週間ぶりだとしても早すぎる。くそ、と内心悪態をついたところで現実は変わらないのだが。
 斉藤は、矢島の足を自分の足で引っ掛けるように開かせ、奥のすぼまりに指を這わせたかと思うと、そのまま一本挿入してきた。広げるというよりは、潤いを足すように出入りする指は、痛みがない。だが、矢島が出したものだけでは絶対に足りない。どうするのかと思っていると、指を抜かぬまま斉藤はシューズボックスを開けて中からローションを取り出した。
「……あんたな」
 玄関にそんなもの置いておくな。確信犯でここで襲いやがってという怒りや呆れが同時にやってくる。二十歩も歩かずにふわふわのベッドがあるというのに。
「縛られるのだけでなく、痛みも好みになったか」
「あ゛?」
 てめえの性癖を棚に上げ、こちらに責任を投げようとする男を睨みつけるが、睨みつけられた本人は鼻で笑ってローションを逆さまにして矢島の肌の上に広げた。
 伝ってくる粘度の高い液体は、斉藤の指によって体内へと消えていく。腹側を押し上げられ、指で擦られ上がりそうになる声を必死に飲み込んだ。
 そんな矢島の抵抗を気にすること無く、ローションの力を借りて簡単に広げていく斉藤の、見下ろしてくる視線は強い。
「――っ」
 顔を逸らしても判る強さを感じながら、身体が開かれていく。静かな部屋の中は、小さな水音を正確に矢島の耳に届けてくるのだから、意識を逸らすことが出来ない。
 ベッドでのセックス時とは違って、性急さを感じる指。中で指を広げられたまま壁を擦られる感覚に、背中が浮く。
「っ、ぅ、」
 ぐるりと中をすべて撫でられた後に指が抜かれ、代わりに硬さをもった熱がひたりと当てられた。
「は――……」
 息を吐き、詰めた瞬間を狙ってそれが中に入り込んできた。太い場所を通り過ぎるまでは小刻みに前後し、矢島の内壁を広げていく。そこが過ぎると一気に最奥まで腰を進められ、腹の奥を引っ掻かれた。
「っ、ぁ――!」
 腰を掴まれ逃げることを許されず、好きに揺さぶられるまま。斉藤の腕を掴んでおかないと、身体が上へと逃げていく。
 背中が硬い床で、痛いと思うことすら思考が遠い。
「ん……っ、ぅ」
 疼痛が生まれるそこを斉藤の熱がくすぐり、その感覚が更に快楽を生む。中から突かれ、外からは陰茎を同時に弄られると思考が崩れ落ちていった。
 さほど長い時間ではないのに、鋭く強い悦を流し込まれ続けると追い込まれるのが早い。前立腺を硬い先端が何度も突き押しつぶすと、腰が勝手に動いて、逃げたいのか強請っているのか判らなくなった。
「っ、ん゛、ん」
 上半身を倒した斉藤に唇を塞がれ、身体が押しつぶされる。
 重く苦しいのに、それを喜ぶ身体。中の陰茎を締め付けるとぐちゅ、と音をさせて強く突かれた。下腹部がひくりと痙攣し、酩酊感に似た意識の途切れ。掴んだままの斉藤の腕に爪を立てると、目の前の顔が歪んだ。
「――も、っ」
 矢島の陰茎に爪を立てられ白濁が散る。それによって締め付けた内部を割るように斉藤の陰茎が奥に入り、また出ていく。何度かそれを繰り返した後、内部で斉藤が精を吐き出した。
「……く、ぅ……」
 ぼんやりとした、中に出される感覚に腰が震える。何度体験してもこの感触は慣れないのに、覚えてしまった。
 少しだけ硬度を失いつつも、外に出ていかない陰茎は、ゆるゆると内部を刺激し続けている。それを勝手に締め付けながらも、これ以上流されてなるものかと、すぐ上にある顔を睨みつけた。
「……猿」
「お前が誘ったんだろ」
 部屋に入ってすぐに押し倒しておいて、どんな言い草だと肩を押した。それとも斉藤の中では、この部屋に矢島が自主的に近づくという行為が、イコールで誘ったことになるというのか。どんな壊れたハードルだ。
「目腐ってんのか。どけよ重てえ」
「だらしないな体力つけろ」
「あ!?」
 どこまでも自分勝手な言い分に苛立ち凄むが、同時にスマホのバイブレーションの音が部屋に響いた。
 斉藤はそれを合図に陰茎を脱いて、電話を出ながら服を整えていく。内容はどうきいても仕事の話で、こんな時間、退社後であろうとも対応している案件があるのならば、呼び出しが数週間ぶりになるのも頷けた。

 ――昼間、香川が言っていた言葉が脳裏に浮かび、消える。
 所轄の巡査部長がたとえ一方的であろうとも聞いているべきではないと、立ち上がりおざなりにスラックスをあげながら、電話をしている斉藤の横を通り過ぎて風呂場へと向かう。
 失敗したら、キャリアに傷がつく。
 そんな案件を抱えているのなら、矢島を抱いている場合ではないだろうに。何故今日行くと連絡した時に拒否しなかったのか。
 香川と森下の言葉を聞いて、あの場で唯一久しぶりに斉藤管理官に会うわけではない矢島は居た堪れなさと、それでも最近は会っていなかったことを思い、連絡をしたらこれだ。するんじゃなかった、と後悔してももう遅い。

 風呂からあがったら帰ろう。一度抱かせてやったのだから、それでいいだろう。
 そう思いながらシャワーを浴びる背後で人の気配がして、ため息を殺すかわりに目を瞑った。

沁む