朝涼

050:宵

 黒崎と暮らすようになり、バイトを詰めに詰めなくてもよくなった。
 すべての生活費を出してもらうのは白石の性格には合わず、取り決めた生活費は渡しているけれど、それは今までよりもシフトが楽になる金額だし、掛け持ちをする必要もなくなった。その上、少しずつだが貯金にも回せるようになって、精神的にも楽になっている。
 基本的に学校と家を往復するだけの黒崎は、時折教授のお供で東京へ出向く以外は、行動範囲がとても狭い。学部よっては古本屋と友達になるレベルで通わなければならないが、数学だとそれもなく、食事をするところも決まっていて、交友関係もさほど広いわけでもないとなると、必然そうなるという感じだが、黒崎本人は気にせず研究に没頭している。
 三食の飯の用意は白石、掃除と洗濯は黒崎が主を担うことに決定し、生活し始めて二ヶ月。白石は今日祝日で学校が休み、バイトもシフトの関係で休みとなり、黒崎と一緒に買い物に出かけたり、家事をしたあと本を読んだり。
 夕飯兼、晩酌の時間。ゆったりとした一日は、夜になっても時間の流れが遅く、アルコールが入っても穏やかな気持ちのまま飲んで、時折キスをして笑いあって。会話をしたり、ずっと沈黙していたり。
 そうして過ごしている最中、黒崎が白石にひとつの疑問をぶつけてきた。

「ええっ……と」
 とても真面目な表情に、冗談ではないということは判った。そもそも、黒崎は冗談を言うようなタイプでもないのだが。
「最初から手馴れていたけれど、どこで憶えたのか」
 繰り返される言葉に、引かぬ意思を垣間見る。
「誰かに実践したことは」
「…………」
 あるかないか、で言えばあるけれど、素直に頷くことも出来ずに固まる白石を見た黒崎は、一つ納得して白石の股間を無造作に掴んだ。
「黒崎さん!?」
「いつも白石君にされてばかりだから」
 足を閉じられないように、白石の左側に座る黒崎が、白石の左足を自身の右足に乗せてしまう。開脚にぎょっとする間にチャックが落とされ、下着の中に指が入ってきた。
「黒崎さん、あの、酔ってます?」
「アルコールを体内に入れたから酔っているな」
「そうやけど、そうやなくて」
 言動通りこれは酔っている、と判断しつつも黒崎の手首を握って止めようとするが、見上げてくる顔は何故止められるのか判らないという顔。顔がいい。いや、そうじゃなくて。
「過去を変えることは出来ないから、これからの経験とそれに伴う結果を積み重ねていけばいいと、判ってはいるものの……」
「ん……っ」
 ほとんど独り言のような言葉は、しかし確かに白石の耳に届く。
 引き出された陰茎を、黒崎の指が滑っていく。冷たいグラスを握っていた指は少しだけひんやりとしていて、身体が震えた。それを慰めるように、少しずつ硬くなる陰茎を黒崎が育てていく。
「……ぁ、……っ」
 どうしても、始まりが始まりだっただけに、黒崎から行動されると戸惑いが強く出てしまう。黒崎もそれが判っているためか、優しくではあるものの、黒崎から行動して白石が戸惑わぬように、慣れるようにと動いてくれるのだが。
 ……だって、あの黒崎さんが、俺のとか。
 黒崎としてはそれが不安というのも理解しているが、しかしビジュアルの暴力としか言いようがないのだ。
「ホッジ君は、本当に何を考えているのか判らない」
「そんなこ、と……っ」
 黒崎の方へと倒れかかると、身体で受け止めてくれた。肌が触れ合っているとほっとする。視線を合わせて唇を重ね、白石からの腕を伸ばして黒崎の下腹部に触れた。かり、と爪で布の上から引っ掻くと黒崎が少しだけ息を呑む。
「経験値の差が……」
「俺だってそんなあるわけやないですって……」
 お互いの股間を触り合いながらする会話として、これは正しいのだろうか。そんなことを考えながらも、同時に頭は快楽でぼうっとしていく。
「君に経験値で勝る日は来ることはなさそうだ」
 酔っ払った本日の黒崎の拘りポイントはそこなようで、白石を高めながらもどことなく不満そう。酔っ払いに何を言ったところで、という気持ちはあるものの、この流れで進むのは白石としてもいい気持ちではないのため、ごつ、と少し強めに額同士をあわせた。
 そうして意識を白石へと向けさせると、黒崎はぱちりと瞬きを繰り返す。
「俺のええところ……い、一番知ってるのは、……颯馬さんです」
 言いながら恥ずかしくなって声が小さくなっていくが、そこは許してほしい。顔が赤くなるのを感じながら、必死に視線を合わせたままでいると、黒崎が目元を緩めて少しだけ笑った。
「ありがとう、廉」
「ぅ、……ぁ、は、い……」
 恥ずかしくて逃げ出したいそんな気持ちのまま返事をしたら、黒崎から口付けられて、逃げられなくなった。

ほろ酔いの口