「レディー、ゴー!」
矢島の合図と共に一気に腕に負荷がかかった。瞬発力はこちらが勝っていても、筋肉量から来る押し込みの力は斉藤の方が勝っている。身体がずれないようにと机の端を掴んでいる左腕にも力を込めて耐えるが、最初の瞬発力で倒せなかった時点で、矢島の負け確率は高くなっている。
とはいえ、そのまま負けるのは癪でギリギリまで粘るものの、六十度を超えると踏ん張ることも出来ず、そのまま矢島の手の甲は机に着いた。
「くっそ、あんた強すぎ」
負けた体勢のまま机に上半身を倒して抗議するが、抗議先の斉藤は鼻で笑って優雅にワイングラスを傾けるのみ。右手同士を絡めたまま離れようとせず、矢島の右手はずっと机についたままで微妙に屈辱的だ。
「離せって」
「外せばいいだろ」
手首から掌底部分にかけてぐぐ、と力を入れて矢島の手首を抑えつけてくる姿は、余裕そのもので。横にずらして下から抜け出そうとするが、抑えつけられたままの掌は下から抜け出すことが出来ない。
「う、ぐ、……う~~ッ」
「非力だなおまわりさん」
左手で斉藤の手首を掴み両手でなんとか手首を浮かす矢島とは正反対に、手に力は入っているもののまだ余裕そうな斉藤は、必死になっている矢島を酒の肴にしていた。
余裕がムカつく上に離そうとしない指に苛立ち睨みつけるが、斉藤がそんなことで態度を改めるわけもなくむしろ再び押し込んでくる。
「ちょ、ちょっとおい!」
「縋りつかれるのもいいな」
「脳内変換可笑しいだろ!?」
これっぽっちも縋りついていない。むしろ斉藤に掴まれている。
楽しげに、再び矢島の掌を机に押し付けた斉藤は、ワイングラスを置いてから左手で矢島の顎を掴んだ。
「勝った景品貰おうか」
「発言がいちいち親父くせえんだよ……っ」
右手の解放に全力を出すべきか、顎に手をかけて迫ってくる顔面を避けるべきか悩んだ隙に、顔が近付いてきて唇に噛みつかれた。痛みによって反射的にびくりと身体がしなるが、斉藤は気にすることなくもう一度噛んでから唇が覆われた。
最初から最後まで、斉藤の好き勝手に進んでいる苛立ちがあったため、侵入してきた舌に思い切り噛みつくくらいの報復は許されてもいいだろうと考えて、そのまま実行した。
現実離れの馬鹿力