――風邪? 熱? ふーん、お大事に。
土曜日、せっかく松田とデートが出来るはずだったのに、最近の寒暖差に加えて風呂上がりにソファで次の日のデートのあれこれを考えていたら、うたた寝をしてしまい見事に風邪をひいた。加藤とデートをなかなか承諾してくれない松田が、やっと首を縦に振ってくれたというのに。
発熱による頭痛。ぼんやりとする視界。泣きたくなるのは熱のせいだ。自分に言い聞かせながら薄い夏の掛け布団に包まる。まだ冬の準備はしていなかったし、引っ張り出す気力はない。風邪薬だって置いてあるかもしれないけれど、引っ越しの時にどこかにしまい込んでそのまま場所を忘れてしまった。だから無いのと一緒だ。
小さくなって目をつむる。
暑くて寒い。熱くて冷たい。
起きているのか寝ているのか判らない、ふわふわとした感覚。防音の効いた部屋は、外の音を届けない。一人は慣れている。けど何も感じないわけじゃない。違うそんなことない。
実家で熱を出すと薬を飲まされて、あとは寝ていなさいと自分の部屋で寝ていて、心細くて母の元に行っても伝染るから部屋にいなさいと言われて、ひとりで布団に包まって薬が効くのをじっと待っていた。飯も部屋で、風呂も熱が下がるまで入れなくて、最低限の接触で。
大人になってから思うのは製薬会社だからこそ伝染ったらいけないとでも思っていたのかもしれない。父は別に現場に行くわけでもないのに。
薬を開発いる研究者、認可された薬を生産していく工場、それを宣伝する営業、そんな営業を支えるバックオフィス。出来た薬を卸して、病院や薬局で売られて、その利益で加藤は育ってきた。
製薬会社なのに病気になるなんて、という的外れの批判であっても父や母はそれを許さなかったのかもしれない。だから、自分や姉が病気になった時近寄らず感染を恐れたのかもしれない。違うかもしれないし正解かもしれない。聞いたことがないから知らない。
ただ、プライドがあるからそう考えることも、大人になったから判るというだけ。そんなプライドくだらないと思う気持ちと、そんなプライドを大事にしながらそれを武器にしている松田を知ったからこそ馬鹿に出来ない気持ちが今同時に存在している。
仕事に一生懸命で、プライドを持って挑んでいて、少しでも負債を軽くして客先が有利になるように根回しして、そのためならばコネでも残業でもなんでもやって。努力して、努力して、努力して。
真面目に仕事しない加藤に対して、馬鹿にしながらも叱ってくれる存在。松田がいるから仕事を頑張れる。生きていることを頑張れる。
松田に会いたい。バーカと言いながらも加藤を見捨てないし、御曹司だからという理由で一線を引いたり、逆に金や権力目当てですり寄っても来ない唯一の存在。
……松田に会いたいな。
ふと、瞼を開けて、今まで自分が寝ていたことを自覚。
じっとりと全身に汗を掻いているし、喉も乾いた。相変わらず熱くて寒い、そんな状態。気力を振り絞って水を飲みに行こうかと考えたところで、耳にインターホンが連打されている音が届いた。
うるさい、という気持ちと同時に、ふと記憶に自分の所業がひっかかり咄嗟に起き上がりながらスマホを見た。
不在着信十件。
「……っ」
今までが嘘のように身体が動いて、けれど弱った身体はベッドから降りた瞬間ずっこける。痛みなんて無視して急いで起き上がりながら廊下を走り、インターホンの画面の応答ボタンを押した。
「生きてんなら開けろ」
開口一番、不機嫌を隠しもしない声。解錠ボタンを押すと、画面の外へと姿が消えた。
それを見て今度は玄関へ。
鍵とチェーンを外し、ドアノブを押して少しだけ扉を開け、そのまま座り込む。
上がっているのはテンションか熱か。判らないまま、長い数分を待った。
「お前、何やってんだ!」
真上からの声に意識が浮上した。数分の間にどうやら意識が落ちていたらしいと頭の片隅で判断しながらも、視界に入った姿に身体の奥から力が抜けて、口元が緩んだ。
「松田」
「お、おま……何、泣いて」
ぎょっとしたように目を見開く松田に、首を傾げる。けれどそんなことより、松田がここにいることが嬉しい。
そんな加藤に何も言わず、肩を担いで身体を引っ張り上げる松田の身体に腕を回した。
「夢に松田出てきて、叱られて、会いたいなって思ってた」
「玄関にいた事はあとで叱るから覚悟しとけ」
「松田、松田だ。嬉しい。会いたかった」
「……」
ほとんど引きずられるように歩いていく先は、寝室で。先程まで寝ていたベッドを見て、松田が何故か眉をしかめる。
「とりあえず寝ろ。あと勝手に漁るけど怒るなよ」
「松田ここにいて」
「後で!」
松田の服を握るが、べしっと振り払われそのままウォークインクローゼットを開けられた。寝転がったままそれを見ていると、あちこち見ていた松田が上の棚から冬用の布団を引っ張り出して戻ってきた。
「風邪ひいてんのにんな薄着でいてどうすんだ馬鹿」
「動きたくなくて」
「だったら! ……普段はいらん連絡してうざ絡みしてくるくせに、どうして」
ぼふ、と加藤の上に冬の布団を被せながらの言葉は、途中から小さくなって加藤の耳にきちんと届かない。なんと言ったのか知りたかったけれど、顔を出した頃には松田は部屋から出るところだった。
「松田、ここにいて」
「水取ってくるから待ってろ」
そんなのいらない、松田がいてくれたらいい。そう言いたかったのに掛けられた布団が温かくて、一瞬で意識が遠のいた。
発熱時々震え