朝涼

060:逢

「お待たせしました……!」
 最後の客が観光客だったためか、なかなか帰らず、そのため片付けやレジ締めや掃除など、業務全てがズレていった。なるべく早くと動いたがそれでも気がついたら日付が変わっていて。
 バイト前、黒崎からバイト後に会いたいと連絡が来た時には驚きと共に喜びがあったのだが、今はただ申し訳ない気持ちしかない。バイト中だったが故に連絡も取れず、一分でも早く終わらせるしか白石が出来ることはなかった。
 裏口から外に出ると、腰ほどの高さの柵に軽く腰掛けた黒崎を見つけ駆け寄った。
「すみません、バイト長引いて……連絡も取れんくて」
「突然時間が欲しいと言ったのはこっちだから」
 並んで歩く先は、黒崎のマンション方向。少しずつ春の気配が遠ざかる夜は、それでもまだ肌寒い。さきほどまで暖かい店内にいたからこそ、余計に寒暖差を感じてふるりと身体を震わせた。
「寒い?」
「ちょっとだけ」
「早く帰ろうか」
 白石の背中を押す黒崎の掌が温かくてほっとしながらも、間近にある横顔を見て言い知れない不安が湧き上がる。
 今まで一度も、こんなこと無かった。
 案外律儀な人で、約束は数日前に取り付ける人だ。こちらからの当日突発の約束を弾く人ではないが、黒崎から動く場合はいつもそう。
 だからこそ、突発的な約束が嬉しい気持ちが芽生えたのだが、実際顔を合わせると黒崎の様子の違いが気になってしまった。
「何かありました?」
 見上げ、問いかけると黒崎はしばしじっと白石を見た後に口を開いた。
「いや。――無くさせた、のほうが正しい」
「……?」
 真意の判らない言葉。どう返答を返していいのか判らない白石に、黒崎は腕を伸ばして自転車を支える左腕を取って繋いだ。
「君が好きだということだ」
「……っ」
 突然の言葉に足を止めかける白石を、黒崎が腕を引っ張り誘導する。なんとか足を動かすが、思考は鈍くしか回転してくれない。顔に集まる熱と思考を冷たい空気で下げながら、握られた左指に力を込めた。……恥ずかしいだけであって、嫌ではないのだと伝わってくれると信じて。
 何かが、あったのだろう。そしてそれを白石に伝える気はなくて。
 それは意地が悪いだとかそんなことじゃなくて、黒崎は白石に甘えたということだ。何かがあったこを隠さずに、拠り所にしてくれた。
 何があったのか、聞きたい気持ちはあるけれど無理に聞くことではない、と言葉を飲み込み代わりに黒崎に向かって笑みを向ける。
「俺も……俺も、黒崎さんのことが、好きです」
 二度目であっても照れはあり、けれど伝えたい気持ちのまま口にすると、肩から力を抜いた黒崎も、小さく笑ってくれる。その表情を見て、言ってよかったと、心から思いほっとした。

突然の