朝涼

069:消

 週末、松田の部屋で過ごすことに違和感を感じなくなっていることに、一言二言言いたいところではあるが、今はそれどころではない。
 夏の暑さが遠のき、けれど本格的な冬にはまだ早い。日中は温かいが朝晩冷えているそんな時期。寒いからを理由に引っ付いてきて寝ることになっていることも憤慨ものだが、今日はそれだけでなく。
「加藤、離れろって!」
「だって、昨日させてくれなかったし」
 後ろか抱きつかれ、足も絡まって逃亡防止された上で掌がスウェットの中に入ってくる。二人分の体温で温められた布団の中にあったから、体温に違和感はないけれど触れられる感触にひくりと肌が蠢いた。
 そこを慰めるように幾度か撫でた後、加藤の指は臍をくすぐり穴に指を軽くいれてくにくにと動かした。小さく動かしながら一周、その後穴の周りをゆっくりと撫で、また中へ。
 まるで、そう、この動きを松田は知っている。知っているせいで身体が勝手に熱くなっていく。背後から押し付けられる下半身に硬さを見つけて、息を呑んだ。
 薄い皮膚を傷つけぬように、慎重に。指の腹で皮膚を押しながら撫でていく。
 擽ったいのか、嫌悪感なのか判らない感覚が怖くて加藤の手首を掴むのに、加藤は指を止めてくれない。項に唇を当てて軽く吸いながら、松田、と小さく名を呼ぶ。
「……っ、……ぅ」
 潤いもなにもない臍を、じっくりそしてゆっくりと嬲られて息を呑むしか出来ない松田の身体を、加藤は追い詰めていく。何も触れられていない、いつも加藤を受け入れている場所が疼いて、羞恥で死にたい。期待なんかしていないはずなのに、記憶している身体が勝手に再生する。
 自分の身体の下敷きになっているはずの加藤の左手が、背中側からスウェットの中に入ってきて腰を撫でた。
「ぁ、や……めっ」
「やだ」
 期待で揺れそうになる腰を、理性が必死に止める。
 そんな松田の葛藤を知らない男は、容赦なく両の指で松田を追い詰めていくのだ。
「――……は……」
 加藤の腕を止めているのか縋っているのか判らない。ただ、気持ちが良くて、思考が溶けていく。
 もうこのまま流されてもいいか、と溶けた本能が思った直後に隣のリビングから電子音がした。引き仕切りで隔ててあるだけだから、音は鮮明で間違いようがない。
「……」
「…………またやった」
 心の底から後悔を吐き出す加藤に、様々な感情が湧き出てきたがそれを一気に沈めて加藤の手を払い起き上がった。
「行って来い」
 スマホの呼び出し音はまだ鳴っていて、メールではなく電話でありさっさと出ろと主張している。それを指させば、加藤はここで争っても松田が引かないことを学習しているため、ため息を付きながら立ち上がった。
 その姿を見送らず、背中を向け目を閉じてじっとしていると、隣にいる加藤の声が聞きたくなくとも聞こえてくる。
「何勝手な……今日は無理だって。――いや、ちょ、姉貴……」
 ああ、なるほど、どちらかの姉からの連絡なのか。こんな朝から連絡をしてくるくらいに仲がいいらしい。うちでは絶対にない。家を出てからメールだろうと電話だろうと、兄から連絡が来たことは一度もないのだから。
 そんなことを考えていると、ため息をつき明らかにテンションの下がった加藤が戻ってきた。
「姉貴から横暴な命令下った……」
「行ってこいよ」
「松田といたい」
 寝転がる松田の上にのしかかってくる加藤が鬱陶しいが、あまりにも判りやすく落ち込んでいるため無下にも出来ず、大人しく下敷きになったまま口を開いた。
「女の子の誘いを断るなんて俺が許さねえ」
「子って歳でもないけど」
「やかましい」
 もそ、と身体を動かすと意図を察した加藤が少しだけ身体を浮かせる。出来た隙間を使って身体を反転させて向かい合った。
 不機嫌を隠しもしない顔は、きっとこれが弟の顔なのだろう。松田相手には見せることがなかった表情だ。
 苦笑し、大サービスだと腕を伸ばして加藤の首に巻き付け、身体を浮かせながらその曲がった唇に軽く口付けた。
「シャワー先につかっていいから、さっさと姉孝行してこいよ」
「え、嫌だもっかい」
「金とるぞ」
「払うから」
 と、あほな会話を続けようとする加藤を、思い切り押して二人一緒に起き上がる。寝転がっているとまた先程と同じ状況になりかねないし、それはつまり彼の姉の約束を反故にするということだ。それだけはさせてはいけない。
 それでもまだ、ぐずぐずとする加藤にチョップをひとつ。
 最終的にシャワーに追いやって、一人になってやっと身体から力を抜いた。
 中途半端に放り出されたのは加藤だけでなく、当然松田もだ。バーカと見えなくなった背中に舌を出し、ベッドに再び寝転がる。マナーくらい守れ馬鹿、と内心で悪態をついて、下半身に集まった血を頭の方向へ流そうとする。
 営業として、かかってきた電話に気付いて出ないというのは、自分のことでなくとも許せない。些細な違いだけれども、かかってきても気付かなかった、ならばそれは言い訳が立つ。
「……ったく」
 疼く身体の奥を見ないふりして、大きくため息を吐いた。

消化不足