朝涼

088:舞

 判りやすくテンションを上げている片桐を横に、競馬場から帰路につく。
 三連複で、オッズは低くとも勝ちは勝ち。ギャンブルであぶく銭を稼ぐのは長谷川としては感心しないのだが、借金するようなことがないのならいいのだろう。片桐もそこまでたがを外さないはず……だと、信じている。時折、否、よく不安になるが。
「何か食べて帰りましょうか。奢りますよ」
「江戸っ子仕草だなー」
 宵越しの銭は持たないとばかりに、手に入った金をさっさと手放そうとする片桐は、いっそ清々しい。手に入れた銭を元手にパチ屋に駆け込まないところは褒めるところだろうか。そんなことを考えながら、都内に戻るため駅のホームへ。
「江戸っ子らしく蕎麦もいいな」
「蕎麦って腹膨れなくないすか? 脂取りましょうよ脂」
「若いなー」
 おっさんとしては、肉より蕎麦を欲する身体になっているのだ。七歳差を感じるのはこんな時だ。
 ホームからなだれ込むように入った車内はぎゅうぎゅう詰め。ほとんど片桐に抱き込まれるような体勢になっているが、致し方ない。なにせ狭い。周りは長谷川よりも年嵩の同性ばかりとはいえ、知らない他人に体重をかけるわけにもいかないし、長谷川としても知らない他人よりは、知っている片桐の体温のほうがマシという心情でもある。アルコール臭と汗や体臭、それらが混ざった車内の匂いに顔を顰めるが、それでも目の前にある片桐は爽やかな体臭がしていて、イケメンは体臭から操れるのだろうか。不公平な……と半目になった。
「まあけど」
 線路の音に紛れるような小さな声で、片桐が長谷川の耳元に口を寄せながら言葉を紡ぐ。
「脂っ気ないのも問題ですよ。まあ俺としてはここが守られるのならそれだけでいいんですが」
 何を言うのだろうかと意識をそちらに向けていたため反応が見事に遅れ、その間むにむにと幾度も片桐の指が腹の肉を揉んだ。二人の身体に挟まれてそんな不埒な動きは周りに見られていないと、信じたい。というか、こいつは電車の中で何をするのか。
 ギ、と間近にある顔を睨みつけながら、長谷川の腹にある片桐の掌を力を込めて下に降ろそうとするが、全く動かないのが憎たらしい。視界に入る口元は笑みのままで、さらに苛立つ。非力なの自覚したほうがいいですよ、と過去言われたことが脳内で再生されて機嫌は地の底だ。
「……片桐」
「すいませんでした」
 押し込むのをやめ、代わりに低く、一言。
 それできちんと察する勘の良さは流石だろう。その前にやめろという気持ちがあるから、褒めないけれど。
「全く……。時と場所考えろ」
「時と場所を考えたらいいんですね。了解しました」
「そういうことじゃないっ」
 揚げ足を取るような言葉を返す片桐は、やはりずっとテンションが高いままで、よほど勝ったのが嬉しいらしい。だが、反省はしてもらわなければならないと、笑みを浮かべたままの男の足の指に思い切り体重をかけた。

あぶく銭でいあがる