営業スマイルでない松田の笑顔というのは、実際のところかなり貴重だ。
仕事中はもちろんのこと、女相手にだって取り繕った完璧な笑みを見せる。誰彼構わず愛想を振りまいているよりはマシなのかもしれないが、あの営業スマイルが完璧すぎてなかなか取っ払うことが難しい……とは、カフェにて背後から聞こえた会話。
なるほど確かに、と納得したのは事実。
加藤が見たのは、たった一度だけ。加藤的には嬉しくない場面ではあったが、あれは素の笑顔だった。
営業スマイル以外は基本、嘲笑になりがちな松田の笑顔。それを思えばあの貴重な一回を見られたことは奇跡だろう。なにせ対加藤だと怒っているか営業スマイルかのどちらかだ。どっちも可愛いからいいんだけど。
自分自身は真面目に仕事をする気など全くないが、真剣に仕事をしている松田を見るのは好きだし、松田と一緒に仕事が出来るのならばそれはもっと嬉しい。滅多にないけれど。二部に異動したいと願い出たら叶うだろうかと考えたことはあるが、どう客観的に見ても成績的に別々の案件を割り振られるだけだと思い直した。それなら、部が分かれていたほうがまだワンチャンあるというものだ。今回の菱友とNSのように。
客を相手に、不快にさせない穏やかな口調と落ち着いた笑み。それでいて自信が溢れる口調や態度は不安を解消させる。こうやって実績を重ねてきたのだろうということが、よく判る。
「お前、見すぎ。俺じゃなくて客見てろよ」
菱友商事側の打ち合わせに同行した松田が、わざわざ外まで見送りに出てきた担当者に声が届かなくなったタイミングで苦言を呈してきた。横目で見ると、松田も同じように横目で加藤を半目で睨んでいた。
「松田の笑顔が見たくて」
「はあ?」
松田と一緒に仕事をしている間は、営業スマイルだろうと見放題。こんな機会滅多にないのだから、今のうちに堪能しておかなければならないと思ったら、ずっと視線が固定されていたらしい。無意識だった。
「金取るぞ」
「いくら?」
「一回百万一括キャッシュのみ」
「……」
時計の時より高くなっている。やはりあの時買っておけばよかった、と後悔しても遅い。しかも現金のみとは、面倒くさい。
この面倒臭さは絶対にわざとだ。そうやって面倒臭くして拒否する松田に唇を尖らせた。
「そんなに俺に笑顔見せるの嫌なのかよ」
「ぜってーごめんだね」
べー、と舌を出す松田は、それはそれで可愛くて得した気分になりつつ、しかし笑顔は別で見たいため金で買うのが早いか別の方法を考えるかと、思考を飛ばした。
咲かせるは難易度高