朝涼

090:幻

 ほとんど同時に目が覚めて、すぐ横にある体温にお互いが驚いた。
 白石は壁に頭をぶつけ、黒崎はベッドから落ちた。二人して痛みを逃がすのは、まるでコントのような時間だが、二人共それどころではない。先に復活した黒崎が、下敷きになった自分の腕をさすりながらベッドに腰掛けた。
「おはよう、白石君」
「おはようございます……」
 痛みと照れで小さくなる声はどうしようもない。それでもなんとか起き上がったが、黒崎と視線を合わせるとどうしたって数時間前のことが勝手に脳内されていってしまう。
 ……う、ぁ。
 素肌の感触、掌の熱、舌が辿った場所、熱に絡んだ指、内部を擦られた硬さ。
 汗の味、掠れた……

 ――廉、と。

「ちょ、ちょお、……あの、~~……っ」
 色々な意味で飽和して、布団の中に逆戻り。頭の天辺まで収まっても、まだ恥ずかしい。脳内再生される昨夜の黒崎の姿を消そうとしても、勝手にどんどんと思い出していく。付随して自分の痴態も。苗字を想定していた中で真正面からストレートに下の名前を呼ばれて、どうしようもなくなった。思考よりも先に身体が悦び、暴走した。訳が判らないほど気持ちが良くて、満たされて、足りなくて、もっとと強請った。
「白石君」
 ぽふぽふと肩の辺りに柔らかい感触。黒崎の声と促しに、しかしまだ顔を見る勇気が出ない白石は布団の端を握って更に小さく身体を縮めた。無理、今黒崎と顔を合わせて会話するなんて無理だと叫ぶ心と、未だ再生され続けている昨夜の記憶。これが本当に昨夜あったことなのは、自分の身体の怠さが証明している。
 悲鳴を噛み殺し、なんとか平静を取り戻そうとする白石の耳に、ブシュッという潰れたくしゃみの音が届いた。それを聞いて反射的に布団から跳ね上がる。
「すすすいません! 寒いですよね中入ってくださいっ」
 朝は特に気温が低い日が続いている、花冷えするこの季節。薄手のスウェットでは寒いに決まっている。黒崎は鼻をかんでから二人分の体温で温まっている布団に入ってきた。ほんの数分のことだが、身体が冷えていて、先程まで感じていた恥ずかしさよりも申し訳無さが先立った。
「ありがとう」
「いえ、冷えちゃいましたよね。大丈夫ですか?」
「大丈夫」
 言いながら、黒崎が白石の腰を引き寄せすり寄ってくる。たったそれだけのことでまた心臓がうるさく高鳴るのだから、どうしようもない。
 白石を抱きしめた黒崎は、そのまま額を合わせ少しだけ笑った。
「本当は俺が君の身体の心配をするはずだったんだが、先に心配されてしまったな」
「あ……」
 籠城した白石を呼んだのも、きっとそれだと今やっと気が付き別の意味で恥ずかしくなった。自分のことで精一杯だったため、黒崎の気遣いに全く気が付かなかったのだ。申し訳無さで顎を引く白石を気にすることなく、黒崎はくっつけた額同士をすり、と合わせた。
「夢中になっていたから……君の負担になっていなかったか今になって不安になった」
「だいじょぶ、です……」
 間近で視線が合う。それを逸らさずに言えば、黒崎は肩から力を抜くように息を吐いた。二人分の体温で温まる布団の中、目を瞑れば意識がふわふわとしてくる。今日は一限から講義が入っているため準備しないといけないというのに。
 緊張と喜びが混ざって、思考が定まらない。けれど、こうして温かさの中にいると、先程までの恥ずかしさは鳴りを潜め落ちついてきた。
「起きなあかんのですけど、……もったいなくて、起きたないなって」
 なんとか瞼を開けると、すぐに黒崎と視線が合う。今度は白石が小さく笑って言葉を発した。
「……じゃあ、あと十分だけ」
 黒崎の小さな提案に、くっついたまま頷き笑い合う。
 昨日からの続きの、延長戦。ボーナスタイム。そんな気持ちのまま目を瞑って優しい時間に浸った。

それは夢ではなく