朝涼

096:想

 最初に通話していたのは矢島だったはずなのに、気がつけばそのスマホは前丸ノ内署生活安全課課長が使っていて、通話先の現丸ノ内署生活安全課課長と会話していた。返せと腕を伸ばして奪い返そうとするのに、肩と足の付根をソファに押し付けられて、指が届かない。睨みつけても斉藤はこちらを見ることなく、通話先と会話を続けていた。
「お大事に、だと」
 結局矢島の元に帰ってきたスマホはすでに終話している状態で、思わず舌打ちすると顎を掴まれた。
「体調不良は自己責任」
 正論すぎてぐうの音も出ないが、だからと言って通話中のスマホ奪い取って、勝手に話を進めるのは良いことなのか。
 言葉では敵わないことは判っているし、自覚したら熱が上がってきているのも事実で反論も面倒臭くなり、斉藤の身体を振り払って立ち上がった。
「おい」
「明日には復活出来るように帰ります。お騒がせしました」
 斉藤の顔を見ずに出入り口に足を向けるが、流石に簡単に逃がしてはくれずに二歩目ですぐに捕まった。反射的に睨みつけても、睨み返される。腕を振り払おうとしても二度目は許されず、強く掴まれた。
「手間を掛けさせるな」
「お忙しい管理官の邪魔するつもりはねえよ。離せって」
「大人しくしてろ」
 立ち上がったばかりのソファに再び押し付けられて、いつもなら気にならないその動きに頭がくらりと揺らいだ。息を詰める矢島を見下ろしながら斉藤はスマホを操り何かを指示していく。時にメッセージで、時に電話で。
 後者は特にきかないようにと意識をそらすように目を閉じると、熱が上がっているのを自覚した。揺れる視界が気持ち悪く、目を閉じて頭をソファに預けると、矢島を抑えつけていた腕が優しさに変わった。
「あんたの……邪魔したくねえんだって」
「余計なことを考えるな。少し寝てろ」
 矢島の気遣いを一刀両断する斉藤の大きく、温かな掌が目元を覆い暗くする。その体温にほっと息を吐きじっとしている間に、意識が飲まれていくのを感じたけれど、目を開けることが出来なかった。

「矢島」
 呼ばれ、意識が浮上した。身体の上には斉藤のジャケットだけでなく、おそらく署に泊まる時に使っているものなのだろう、男の匂いのする毛布がかかっていた。タバコの匂いのするそれが久しぶりに感じて、暫くぼうっとしてしまった。
「立てるか、帰るぞ」
「……ん」
 斉藤の言葉に頷き、立ち上がる。毛布を簡単に畳んでからジャケットを斉藤に突き出すと、それを受け取った男は何故かそれを再び矢島の肩にかけてきた。
「着てろ」
「……ども」
 毛布に包まれて寝ていたせいか、少し寒く感じたのも事実だったため、大人しく肩にかけたままにして、共に部屋を出る。
 熱で思考能力が落ちていたせいで、だから気が付かなかった。どこぞの巡査部長が斉藤管理官のジャケットを借りて歩いていること、その事実に。
 次の日にそのことを後悔するが、今の矢島にはそれに気が付く思考能力はなく、何故か機嫌のいい斉藤の隣を歩いて男の運転する車で予想通りにヤツのマンションに連れていかれた上で、雑なんだか丁寧なんだか微妙な看病を一晩受けることとなった。

想像通りの行い